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長距離走

「だ、大丈夫、大丈夫。体力の使い方をちょっと間違えただけですから……」


「えっと……、無理しないでくださいね」


「私の心配よりも、疋田君は自分の心配をした方がいいんじゃないですかね」


 柚希さんはヘロヘロになりながらも一生懸命に走っていた。一歩で進む距離が僕よりも遥かに短いため、脚を動かす回数も各段に多い。


「僕は良い記録を出そうとか思ってないので……、出来るだけ目立たないように走ります」


「は~、またそれ……。良いところをちょっとくらい見せようとは思わないんですか?」


 柚希さんはため息をつき、僕の方を向く。


「良いところを見せるって誰にですか?」


「誰にって……。今回は最初で最後の合同体育なんですよ。男子がカッコいい所を女子に見せる格好のチャンスじゃないですか。もし、この体育でカッコ悪い姿をさらしたときには……女子たちの話合いによってクラス中、いや、学校中の女子に知られる事態になって雑魚扱いされる……かもしれませんよ」


「ゆ、柚希さん。いきなり怖いことを言わないでくださいよ……」


「それが嫌なら、少しでもいい所を見せてきなさい」


「そんなこと言われても……」


 僕達はグラウンドを三周走り終わり、他の準備運動をしたあとグラウンドの外に出て西村先生の指示を待つ。


「よし、二組に分かれた男子の前半はグラウンドに入れ」


 西村先生はグラウンドの外で地面に座っている僕達に呼び掛ける。


「じゃあ、祐介、走った回数と時間を教えてくれよな」


 僕と大島君はペアを組んでいた。前半に走ることを選んだ大島君は体を伸ばし、脚がつらないように念入りに解している。


「大丈夫、任せておいて」


 僕がグーサインをと大島君は安心したのか、グラウンドにリズムよく走り出していった。多くの男子生徒がグラウンドに入り、持久走のスタートラインに立つ。本気で記録を狙いに行く者は最前列。適当に走る気の者は最後列に立っている。大島君は最前列にもちろん位置していた。


「それではよーい、始め!」


 西村先生は手を勢いよくあげてスタートの合図を出す。


「しゃ!」


 大島君は勢いよく飛び出していった。そんな速度で後半まで持つのだろうか……と思っていたが、大島君の走る速度は落ちない。中学の時に陸上部だったのか、陸上部に入った人かはわからないが、見るからに走り方が持久走ガチ勢の人たちと互角に戦っている。


「大島君! 今、二週目だよ! すごくいいペースだから、このまま行けば一〇点だよ」


「ふぅ~、ふぅ~、はぁ、はぁ……」


 大島君に僕の声が聞こえているのかはわからない。でも僕は大島君に声をかける。


「今、三週目! あと一周。このままの速度で行けば上位にも食い込めるよ!」


 大島君は随時順調に走っていた。だが、残り三○○メートル付近で問題が起こった。


「うわっ!」


 大島君は近くを走っていた大柄の男子生徒と足が接触し、大島君だけがその場に倒れ込んでしまった。結構な速度で走っていたのでグラウンドを転がるように倒れ込む。


「大島君!」


 僕は大声で叫ぶ。すると、西村先生が大島君のもとにすぐに駆け寄っていき、話をしている。何を話していたかは聞こえなかったが大島君の安否を確かめ、続けるか止めるかを聞いていると思われる。


 西村先生だけがグラウンドから出ると大島君は立ち上がった。


「祐介、大丈夫だ! 俺はまだ走れる!」


 大島君は大声を出し、僕に向ってグーサインを見せると走り出した。脚を引きずるように走っており、格段に速度が落ちている。長距離走というより、散歩と言ったほうが近い。そのため、後続の生徒に次々に抜かされていった。それでも懸命に走り、最後の一〇○メートル地点で多くの声援が大島君に向った。


 女子も男子も皆が大島君を応援している。大島君は応援に答え、見事走り切った。


 タイムは六分五○秒、得点は五点だ。それでも大島君はやり切ったような顔をしている。


「よく頑張ったな、大島」


 西村先生が大島君に声を掛ける。


「はぁっはぁっはぁ……。な、何とか、ゴールできました」


 大島君は脚から血を流していた。きっとこけた時にすりむいてしまったのだろう。


 僕は大島君のもとに駆け寄っていき、肩を貸すというよりかは脇を持って支えた。


「大島君、お疲れさま。保健室に連れて行くよ」


「ありがとう、祐介」


 僕は大島君を支えながら保健室まで一緒に向った。大島君を保健室に送った後、体育の授業に戻る。


「来たか、疋田。グラウンドの中に早く入りなさい。後半がスタートするぞ」


 どうやら西村先生は僕が戻ってくるまでの間、待っていてくれたらしい。後半の男子の長距離走が始まるということは前半の女子はもう終わったということだ。


「は、はい」


 僕はグラウンドに向かい、最後尾の位置に付いた。


「よし! それじゃ、後半組、行くぞ。よーい始め!」


 西村先生の合図で一気に走る人もいれば、面倒くさそうに走る人もいる。僕はできるだけ前に出ずに後方でゆっくり走った。


 初めは団子状に走っていた生徒達は段々と崩れていき、空間が開いていく。先頭は僕と二○○メートルほど先にいた。


 僕は最後尾を見ると同じクラスの赤尾君が辛そうな顔で走っていた。


 赤尾君はどんどん離されていく。このままだと、先頭と一周以上の差がついてしまうだろう。


 僕は走る速度を落とし、赤尾君のもとに向った。


「はぁ、はぁ、はぁ、ひ、疋田君……。ど、どうしたの?」


 赤尾君は腕を大きく振り、前のめりになって苦しそうに走っていた。


「一人で走るのは辛いと思うから一緒に走ろう。二人で走ったほうが気を紛らわせられると思ってさ」


「ぼ、僕のことは気にしないで、疋田君は好きに走ったらいいよ……。僕は昔から走るのが苦手なんだ……。うわ!」


 赤尾君は足がもつれ、倒れそうになる。


「おっと!」


 僕は赤尾君を受け止めた。そのため、両者共にグラウンドで一時止まる。


「ご、ごめん。足がもつれちゃって。支えてくれてありがとう」


 僕は赤尾君の走り方を見て少し思ったことがあった。


「赤尾君、僕の言った通りに走ってみて」


「え?」


 僕は走りながら赤尾君に走り方のコツを教えた。


「まず背筋を伸ばして顎を引く。視線は少し遠くを見る感じで」


「うん……」


「手を握りしめないで、少し空間を開けるくらいで握る」


「わかった」


「鼻から息を二回吸って口から息を二回吐く。どんなに疲れてもこのリズムを保つんだ」


「う、うん」


 僕が走るコツを赤尾君に教えると、赤尾君は先ほどよりも上手く走れるようになった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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