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水槽を変えられた金魚の気持ち

 高校に入学してから一週間がたった。今日の天候は晴れ。グラウンドの周りに咲いている桜の花が既に散りそうだ。


「紫式部が書いた源氏物語ですが……」


(こうやって外を見ながら授業を受けていたら中学となんら変わりないな……)


 今、僕は高校の授業を受けている。一限目の国語は朝の眠たさと村中先生の美声によってうつらうつらしてしまう。確かに中学の授業に比べれば勉強のレベルは上がった。でも、僕は特に何も変わっていなので水質はそのままで水槽をいきなり変えられた金魚のような状態になっている。特に変化を感じられず、ボーっとしていた。


 実際、他のクラスメイトも僕と同じような状態だ。授業をしっかり受ける者、授業中に眠る者、授業中に違うことをしている者、など、それぞれわかれている。


(赤尾君は授業を凄くまじめに受けているな。大島君は朝から寝すぎでしょ。柚希さんは何をしているんだろうか。手の動きからして筆記じゃないな。ん~、何か描いてる?)


「はい、ではこの問題を疋田君、応えてください」


 僕がよそ見をしていると、村中先生に名前をいきなり呼ばれた。


「へ……。あ、はい! ええっと若紫……です」


「正解です」


(よ、良かった、合ってた。いきなり当てられるとは思わなかったな)


 授業終了を知らせる甲高いチャイムが『キーンコーンカーンコーン……』と鳴る。その音で皆、我に返り、前を向いた。


「それでは今日の授業はここまでにします。予習復習をしっかりしておいてくださいね。質問がある人は職員室まで聴きに来てください」


 村中先生は教室をスタスタと速足で出ていった。


 僕は教室の壁を背後にしてカニのように歩き、大島君のもとに向う。


「ん~あ、よく寝た~」


 大島君は天井に向って両手を持ち上げ、ぐぐ~っと伸びをして頭を冴えさせる。


「大島君、さすがに寝すぎじゃない?」


「いや~バスケ部の朝練がきつくてさ、授業中に寝てないと体がもたないんだよ」


「入学してまだ一週間しか経っていないのに、もう本格的に部活をしているんだ……」


 僕は大島君に感心したあと、未だに一生懸命に何かを書いている柚希さんの方に目をやると、可愛らしい絵をノートに描いていた。


「柚希さん、何を描いているんですか?」


「ひゃっ! こ、これは何でもないですよ!」


 柚希さんは描いている絵を自分の小さな体で隠した。


「いきなり倒れ込むなんて……お腹でもいたいんですか?」


「い、いや、何でもないです。ほんとに何でもないですから。あ、そうそう。疋田君、放課後に教室で残っていてください。渡したい物があるんです」


「わ、わかりました」


(渡したい物っていったい何だろう。出会って一週間でラブレターな訳ないし……)


 僕は放課後に残っていてと言われた経験なんてない。いったい何が行われるのか気になって仕方がなかった。でも、気にしていても時間の無駄なので放課後になるまで潔く待つ。


 二限目の体育前、女子更衣室にて。


「今日の体育、体力測定の持久走だって~。まだ高校に入学して一週間しか経っていないのに何でこんな面倒な競技をしないといけないの~って感じ~」


「まじ~超同感なんですけど~。ほんと最悪だよねぇ~」


 ギャルたちが更衣室で喋っている。


「持久走か。私は体を動かすことは好きだけど、持久走は苦手なんだよな。それにしても皆デカすぎないか。特に胸。私の第二次成長期はいったいいつ来るの……」


 柚希は胸に手を当てる。そして他の生徒をもう一度見る。すると、マラソンをしていないのに落ち込んだ。だが、逆にこの光景は柚希の闘志を燃やす糧となる。


「こうなったら、マラソンで勝ってやる! ん……、野村さん、どこに行くんだろう?」


 二限目の体育前、一のA教室にて。


「なぁ、祐介。今日の体育は体力測定のマラソンだってよ」


 僕の席に体操服を持ってやってきた大島君は筋肉質な体を見せながら着替えていた。


「そうなんだ。でも、マラソンは大島君の得意分野じゃなかった?」


「そりゃあ、毎日走っているからな。一五○○メートルなんて余裕よ!」


 大島君は自信たっぷりに答える。


「祐介だってマラソンは得意だろ。頑張れよな」


「ま、まぁできる範囲でね……」


「はぁ…………」


 遠くの方から教室の空気を一気に重くするため息が聞こえた。その声の主は先ほど熱心に勉強をしていた赤尾君だった。


(赤尾君、体調でも悪いんだろうか。それなら普通に休んでもいいと思うけど……、さっきの頑張りようを見るに体調不良じゃないよな)


 僕と大島君は運動用の靴を持ち、グラウンドに向う。グラウンドまでの道のりで近道をしようと思い、体育館にある女子更衣室の前を通ると柚希さん達とかちあってしまった。内心、複雑な気持ちになったが無言のままグラウンドに移動した。


 休み時間の終わりを告げるチャイムが『キーンコーンカーンコーン』と鳴り、僕たちはグラウンドに立つ体育教師の前に整列していた。


「え~、体力測定もA、C、Eクラスの生徒で行う。気を引き締めて取り組むように!」


 体育教師である筋骨隆々の西村先生が注意事項を話し、体育の授業が始まった。


「今回の授業は体力測定の最初の種目、男子は一五○○メートル走、女子は一〇○○メートル走だ。今回だけは男女混合で行う。次回からはグラウンドと体育館に分かれるから間違えないように。ではまず準備運動がてら、グラウンドを三周走ってこい。始め!」


 先生の合図で勢いよく飛び出す者、面倒くさそうに走る者、持久走が嫌すぎて泣いている者がいる中で一番に目を引いたのが、始めと言われたときに飛び出した柚希さんの姿だった。


「柚希さん、すごいかっ飛ばしてる……。でもそんなに飛ばしたら……」


 初めは一番だったが柚希さんは他の人に段々と抜かされていき、三周目を走り終えるころにはバテバテになっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。み、ミスった。準備運動にこんな全力を出すんじゃなかった」


「柚希さん、大丈夫ですか?」


 僕はゾンビのように姿勢を悪くして走る柚希さんが心配になり、話しかけた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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