鯖VS.鮭:鯖推しの後輩がいつも熱い鯖語りをしてくるけど俺は鮭推しなので仲が悪い
凄まじくどうでもいい短編が気が付いたら出来ていました。お楽しみあれ。
俺、魚住竜人には一年後輩で幼馴染の少女がいる。
そいつは魚谷優実と言って外見は非の打ちどころがない完璧美少女。性格だって悪くない……ただ一つ鯖推し、いや鯖狂いということを除けば。
「先輩。話聞いてますか?」
隣を歩く優実が不機嫌そうな顔で見つめて来る。
「聞いてるっての。いかに鯖が素晴らしいかって話だろ?」
もう耳タコだ。こいつの鯖語りを聞かされ始めてかれこれ5年以上。
「鯖は大衆魚の王者ですよ!コンビニにだって鯖缶があるし、サラダフィッシュにだって鯖バージョンがあります。鯖振りかけもありますし、鯖の味噌煮だってありますし、焼き鯖だって」
登校中なのに熱く鯖について語る優実は黙ってれば美少女なのに勿体ない。
「それ言うなら鮭こそ大衆魚の王者だろ。鮭おにぎりは必ずコンビニにあるし、焼き鮭定食だって定番だ。サラダフィッシュだって鮭の方が人気だ。他にも鮭フレークでもなんだってある。鯖おにぎりはコンビニにないことの方が多いだろ?」
俺は鮭推しなのでこいつとはいつも口論になる。
「これだから先輩は。おにぎりに鮭が入ってる程度で勝ち誇るんですから」
やらやれと言った顔だけど、だから何だっていうんだ。
「何が言いたい?」
「単調な味の鮭がおにぎりに合うだけだって言ってるんですよ」
「聞き捨てならないな。鯖は生臭いからおにぎりに入れづらいだけだろ」
「鯖が生臭い?先輩、本当に美味しい鯖を食べたことありませんね?」
「そっちこそ、本当に美味しい鮭食べたことないだろ」
「……まあ。前に食べた柿の葉寿司の鮭は悪くなかったですけど」
「……そこはまあ。俺も」
昔、鮭と鯖のどちらが大喧嘩したときのことだ。
鮭と鯖の両方が入った柿の葉寿司を一緒に食べて仲直りしたのだ。
あれは誰が買ったのか忘れたけど確かに美味しかった。
その点では俺たちの見解は一致している。
「お前もいい加減鮭の素晴らしさを悟れよ」
「それいうなら先輩も鯖の良さを思い知るべきです」
お互いにらみ合って火花を散らす。
「魚住も魚谷も飽きないのかね」
「ほんとほんと。同じ魚好き同士仲良くすればいのに」
学校が近づいてくるにつれて外野が何か言ってくるが聞き捨てならない。
「鮭と鯖を同じにされるとか心外なんだが」
「そうですよ。神谷先輩」
俺と優実の共通の友人にして俺のクラスメートでもある。
「お前らほんとお似合いだよな。もう結婚すればいいんじゃね?」
「優実が鮭の素晴らしさを認めるならやぶさかではないけど」
「私も先輩が鯖の素晴らしさを認めるなら考えてもいいです」
「お前ら、結婚をそんなことで決めていいのかよ……」
「鮭か鮭じゃないか。それが問題だ」
「鯖か鯖じゃないか。それが問題だ、でしょう」
「お前らといると頭おかしくなりそうだわ」
げんなりとした様子の神谷。
優実は容姿の良さもあってよく告白される。ただ、そのたびに相手に投げかける言葉といえば「鯖、どれくらい好きですか?」そんな質問。男子は男子でこいつの鯖好きを知っているから取り繕おうとするけど、「浅いですよ。浅すぎます。そんなので鯖好きを名乗る資格はありません」そう一蹴されて終わりだ。
俺も何故か時々告白されるのだが、不思議と鮭が好きという話題で近づいてくる。だから、本当に鮭が好きなのか問いを投げかけるのだが、各種ブランド鮭の区別すらつかないありさま。そんな程度で鮭好きを名乗る資格はないだろうと一蹴している。
そんなこんなで授業中のこと。
優実からラインが飛んでくる。
SABARという鯖専門店のページだった。
【一緒に行きましょうよ。そしたら先輩だって鯖の素晴らしさを認識するはずです】
【じゃあ俺も鮭専門店で本当に美味しい鮭を味わってもらいたいところだな】
俺だって優実が鮭の素晴らしさを認めるなら鯖の良さを認めるのも藪坂ではない。
しかし優実は先に俺が鯖の素晴らしさを認めろという。
これではいつまで経っても平行線だ。
【埒が明かないな。ちょっと提案があるんだけど】
【なんですか?】
【お前んちにお互い理想の鯖料理と鮭料理を持ち込もう】
【つまり、鯖対鮭の料理対決ということですか?】
【そうだ。お前が美味しいと感じたら素直に鮭の良さを認めること】
【先輩も美味しいと感じたら素直に鯖の良さを認めてくださいね】
こうして、週末に俺と優実で鯖対鮭の決闘が始まることが決定してしまった。
「お前ら実は仲いいだろ。やっぱり付き合えよ」
お昼休み、決闘の件を伝えた神谷は呆れたように言った。
「俺は真剣だぞ?」
「真剣に言い合ってる辺り、似た者同士だろ」
「く。否定できない……」
「まあ、俺からは何も言わんが仲良くしろよ」
「わかってはいるさ」
同じ魚好き同士。どこか通じ合うところがあるからこそ、この歳まで付き合っているところがある。そういえば、大喧嘩した後は、柿の葉寿司……鮭と鯖の両方が入ったお寿司を食べてお互い仲直りするのが習慣だったっけ。
とにかく、週末は優実に鮭の素晴らしさを認めさせてやるのだ。
◇◇◇◇土曜日◇◇◇◇
優実の家のダイニングにて。
「これが私の究極の鯖料理です」
出してきたのは、サバのお造りに白ご飯。
悔しいがホカホカご飯との取り合わせが食欲をそそる。
しかし……。
「俺の知ってる鯖となんか違うんだが?」
「それはそうですよ。これは関サバですから」
「関サバ?」
「ブランド鯖の一つですよ。そんなことも知らないんですか?」
「マウント取るなよ。それに、まだ食べてもいないし」
いかにブラント鯖と言えど所詮は鯖。
「ふーん。じゃあ、先輩はどんな鮭料理を用意してるんですか?」
じろりと見据えられる。
「俺の至高の鮭料理は……これだ!」
国産の時鮭を塩焼きにして、白ご飯を添えたシンプルな代物。
この日のために母さんに頼んで高品質な国産の鮭を取り寄せてもらったのだ。
「むむむ。なんだか私の知ってる鮭と違う気がします」
「そりゃそうだろ。時鮭は有名なブランド鮭だぞ?」
「所詮は鮭ですよね?」
「これだから鮭の素人は」
お互い火花を散らす。
「まずは優実。時鮭の塩焼きを食べてみろよ」
「食べますよ。食べればいいんでしょ」
仕方なさそうに時鮭の塩焼きを食べた優実は表情が一変。
「お、美味しい……凄く油が乗っててジューシィで」
「ふふん。そうだろそうだろ?お前も鮭の美味しさがわかったか?」
「悔しいですけど、認めます。でも今度は先輩の番ですよ?」
関サバのお造りと白ご飯をずいと出される。
く……何故か食欲をそそられる。
そして、醤油に軽くお造りを浸してご飯と一緒に食べると……美味い!
以前食べたことのあるサバのお造りとは雲泥の差だ。
よくある生臭さがかけらもない。清涼感すらある。
「どうですか?先輩」
憎たらしい笑顔を浮かべて煽って来る優実。
「美味しい。鯖の癖になんでこんなに美味いんだよ」
悔しいがこの関サバの味は本物だ。認めざるを得ない。
「これが美味しい鯖の真価ですよ。わかってもらえましたか?」
「認める。鯖には無限の可能性が秘められている」
「わかればいいんです、わかれば」
しかし。
俺は鯖の美味しさを認めて。
優実は鮭の美味しさを認めてしまった。
「なあ。これからは鯖派と鮭派。同じ魚好き同士、手を取り合わないか?」
「奇遇ですね。私もそう思っていました」
意見の一致を見た俺たちは握手を交わし合ったのだ。
実のところ俺がこんなに意地を張っていたのには理由がある。
「実はさ。俺はお前のことが好きだった。あの日、柿の葉寿司を食べた時から」
「私も好きです。でも、先輩は鯖の良さを認めてくれないから意地を張っちゃって」
「俺こそ悪い。優実が鮭の良さを認めてくれないから意地を張ってしまって」
たどりついた結論はそんなバカげたこと。
「これからは魚好き同士、鮭料理、鯖料理を食べ合おうぜ」
「そういうデートもいいですよね」
「結構楽しそうだろ」
「ええ。もう推しをめぐっての争いはこりごりですから」
「言えてる」
こうして、鯖好きと鮭好きという縁から始まった俺たちは恋人になったのだった。
小学校の頃からお互い好きだった俺たち。
鯖派と鮭派の違いでこんな長い間すれ違ってたなんてとんだ茶番だ。
人類はもっとお互いの推しについて寛容になるべきなのかもしれない。
初めて純粋な意味でのコメディに挑戦してみました。
クスっと笑ってくださったなら幸いです。
鯖や鮭が好きな人、あるいはアホくさいやり取りにクスっと来てくださった方は
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