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魔法使いに救われて  作者: Lie
王都争乱
8/10

扉の先で



 獣人と話し合った翌日。

 ナナシはテルと共に再び迷宮区まで来ていた


「んじゃ、行くか。」


 今から迷宮区で隠れているという星の国の第二王子に会いに行く。

 変装は完璧

 髪はまた煤で黒く染め、今度は顔に仮面を装着した。


「なぁ、流石にこの仮面は目立ちすぎるんじゃ……。前は素顔でも気づかれなかったんだし取ってもいいのではないか?」


「バーカ、この前お前が気づかれなかったのは偶然だ、気づくやつなら一目見ただけでも気づくぜ。それにどうせ仮面つけるなら派手な方がいい。もうすぐ収穫祭だから仮面付けた浮かれてるバカみたいなやつが大勢いるからな。」


「それって、こんな派手な仮面をつけている自分は周りに飛び切り浮かれた馬鹿に見えてるってことか?」


 テルは考え込むような仕草を取るふりをする。

 すぐに振り返ると笑って

「ああ、違いねぇや。」

 などと言ってくる。


「なぁ、ナナシ。どうしてここが迷宮区って呼ばれてるか知ってるか?」


「そりゃあ……見ればわかるし、実際この前体験した。」


「ノルと来た時だしまぁそんなもんか。でも、それじゃあ少し足りねぇってとこだな。」


テルは目の前の扉を開く。


「……?どうしたんだ、進まないのか?」


「見てみろよ、行き止まりだ。」


 扉の中を覗くとテルの言う通り中は確かに行き止まりだ。

 周りは石壁に囲まれ扉なども見当たらない。


「じゃあ、ここで魔法をかけよう。」


 得意げにテルは閉めた扉を一度叩く。

 扉を開いたテルは覗いてみろと言うように顎で扉の先を指す。


「……え?」


 扉の先には道が続いていた。

 途中には扉もあって、石壁には窓などもついてある。


 ありえない光景だった。

 窓がある、窓の奥には部屋がある。

 ならばこれは建物だ。


 建物が一瞬のうちに移動してきた?

 いや、まずそこではない。

 どうして行き止まりだった場所に道ができている。


 恐る恐るテルの顔を見る。

 ナナシの視線に気づいたテルはにやりと笑い。


「なっ?迷宮だろ?」

 と、軽く言うのだった。


 大概のことならもう驚かないと思っていたがそれは思い上がりだったと思い知らされる。


「ノルはラントとテルは臭いで行き先がわかると言っていたが……これではわからないのではないか?」

「そうだな。だからラントには無理だ、あいつは俺より賢くねぇからな。」


 自慢げにテルは言う。


「まさか……すべての道を覚えているのか?」

「道、だけじゃねぇぜ。その組み合わせも、どこにどんな建物があるかもわかる。これができるのは俺と、あとはアルトルのやつだけだ。だから今は俺一人。」


 称賛するしかない。

 道、建物、入れ替わる位置の把握などとてつもない情報量だ。


「だからお前はむやみに扉開けるんじゃねぇぞ。扉の先が未知の世界ってこともあるんだからな。」

「あ、ああ…気を付ける。」


 魔法をかけるとテルは冗談のように言ったが、これも結界と同じように魔法に近い何かなのだろう。

 そういえばノルは迷宮区が作られたのはこの国の王様のためだと語っていたか。

 迷宮区や村を覆う結界、それに魔法を使えた星の王

 これには何か関係があるのだろうか?


「そういえば、その第二王子に会ってほしいという話は精霊憑きの話をしていた時に言っていたよな?精霊憑きとはいったい何なんだ?」

「ん?ああ、それは本人に聞け。多分お前になら馬鹿正直に全部話すだろうよ。」


 テルは目の前の扉を二回たたく。

 開いた扉の先にはすぐに下りの階段がある。

 地下…だろうか?

 考えても無駄か、この場所でその概念は無価値に等しい。

 ナナシはテルの後につづいて階段を進んだ。


 

 階段は薄暗く灯りがともされていない。

 時々吹く風が不気味な音をたてて耳のそばを通り抜けた。

 心地の良い場所とはとても言えない環境。

 この先に人がいるとは到底思えなかった。


「……この先に本当に王子なんているのか?」


「そう言いたくなる気持ちはわかるぜ。こんな陰気な場所に居たがるやつの気なんて知れねぇよな。まぁ、そういうところを好むやつだ。無駄に馬鹿みてぇに明るい兄とは正反対だぜ。」


「酷い言いようだな。」


 でもそういう人間が好きだったのだろう。

 獣人も星の国の人間も、きっとテルもそうだ。

 そういう人間が慕われた。


 階段を進むにつれ不気味な笑い声が通路に響く。

 場所の雰囲気と相まって一層不気味に聞こえる。


「……まともではないな。」


 正反対と言ったテルの言葉に間違いはないようだ。

 

 半開きになった木製の扉は風に揺られて音をたてる。

 声はその先から聞こえてくる。


 もう扉は目の前、この先に第二王子がいる。


「――――。」


「なんだ、緊張してんのか?」


「……少し。この笑い声を聞いていたら不安になってきた。」


 ナナシはテルに嘘をついた。


 実際はかなり緊張している。

 自身の容姿が星の王とどれほど似ているかはわからない。

 もしかしたら肉親であっても勘違いしてしまうほどに似ているのかもしれない。


 どう思われるだろうか。

 過去に消えたのに今更と思われるのだろうか。

 別人だとわかったら罵られるのだろうか。


 ……いいや罵られるのならまだいい。

 一番辛いのは生きていたことを喜ばれることだろう。

 だって自分は星の王本人ではないのだから。

 

 

 扉を開き中に入る。



 扉を開けると誇りが舞った。

 薄暗い部屋に灯りが一つ。

 その中央で何かが不吉な笑い声をあげながら蠢いている。

 どうやらそれは部屋に入った自分たちに気付いていない。


「せっかく来てやったのに無視とはいい度胸じゃねぇか。」


 そう言ってテルはその何かを蹴った。


「テッ、テル!?お前何して――――」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃ!?」


 ナナシが声を出すとともにその何かは転がりながら下がっていく。

 埃を舞い上がらせ、身にまとっていた布はどこかに飛ばされる。

 星の国の第二王子。

 先王アルトルに変わり星の国の王となるはずだった人物。

 

 本棚にぶつかり動きを止めたそれは体を震わせ縮こまる。

 そうして威厳も何もなく、その少年は姿を現した。


「だっ、だだだだ誰!?」


「お前、そのビビり癖直せよな。」


 呆れたようにテルはその少年に言った。


「そっ、その声はテルさん?びっ、びっくりさせないでくださいよ。」


 恐る恐る顔を上げた少年は安心したようにテルの顔を見て、後ろに控えた仮面をつけたナナシを視界に入れる。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!?ばっ、化け物!?!?!?」


「えっ、いや…違う、んだが。」


 第二王子が子供だと知って驚いた。

 でもそれはすぐに動揺へと変わる。

 自分よりも遥かに驚いた様子を見せる少年を見て冷静になれた。


 仮面をつけたまま部屋の中に入ったのは失敗だった。

 どこかでまだ迷いがあったのだろう。


「自分は化け物ではないよ。初めまして、自分はナナシというものだ。」


 ナナシは仮面を取って、蹲る少年に挨拶をする。

 

 少年はゆっくりと顔を上げた。

 容姿も声も、優しく自らに話しかけるその男に兄の面影が重なった。


「にっ……。――――っぁ。」

 

 声にならない声を出し、思いとどまるように少年は声を押し殺す。

 体の震えは止まり、代わりに声を震わせて言うのだ。


「――――っ、はじ……めまして。ナナシさん。」


 ナナシの不安をよそに少年はあっさりと返事を返す。

 やはり家族だからわかるのだろうか。

 それでも辛いのには変わらないはずだ。

 ぎこちない顔で笑い、目にはうっすらと涙が浮かべられている。


「お前を連れ出しに来たぜ、アステラ。」


「いっ、嫌です!僕は外に出ません!」

 

 外に連れ出すと言ったテルの言葉を少年は強く拒否する。

 

「いい加減にしろ、いつまでこんなところに引きこもってるつもりだ。」


「で、でも僕は見たんです。兄さんがこの部屋の扉を開けて僕を連れ出してくれる未来を。だっ、だから僕は…兄さんが迎えに来てくれるまで、この部屋を出るつもりはありません。」


「未来?」


「そ、こいつが精霊憑きだ。アステラは不確かな未来が見ることができる。」


「とっ、ときどき夢みたいに見ることができるんです。これから起きることを、一枚の絵みたいに。でっ、でもそれは実際に起きたり起きなかったりで……。」


「それで不確か、か。でも、未来が見えるなんて凄いことじゃないか。」


「凄いわけあるかよ。アステラを見てみろ、その不確かな未来に縛られてこんなところに引きこもっちまってる。」


 確かに未来を知れるのは便利な力だ。

 でも、それに左右されすぎるとこの少年のように見た未来に則した行動をとってしまう。

 特殊な力もただ便利とだけは言えないようだ。


「にしても…お前、今日はまともに話せてるな。いつもはもっと何言ってるかわからねぇのに。」


「そっ、それは未来を見たから……。ナナシさんが来ることを前から知っていたから、話す練習をしてたんです。」


 未来を見れる精霊憑きの力、この少年自身が精霊憑きだったとは。

 テルが精霊憑きの話をするためにここに連れてきた理由が理解できた。

 テルには星の王と容姿の似ているナナシを少年と会わせることで、少年を外に連れ出そうという思惑があったようだがそれは失敗する。


 少年はその力を使って未来を見ていた。

 ナナシの顔を見てもあまり反応を見せなかったのも納得だ。

 

 

「練習、ね。だったらお前まだするべきことしてねぇんじゃねぇの?」


「えっ…………あっ、名前。」


 少年ははっとしたような顔をして自己紹介を始める。


「僕は、アステラ。アステラ・ラフ・トゥールム、この国の第二王子です。その……本名でなくてすみません。」

 

「偽名、なのか?」


「すっ、すみません。精霊憑きは本当の名前を名乗ると力が増すという言い伝えがあるんです。」


「いいこと…ではないのか?」


「力を増すってのは話がぶっ飛びすぎだが、要は本当の名前を使っていると噂が広まるっつうことだ。言ったろ、精霊憑きはこの世界では異分子扱いだ。この時代は人間の世界、平和で普遍な世界を望む人間たちにとって精霊憑きって異能者は認められない存在なんだよ。そうでないとしても、精霊憑きに寄ってくるのはその力を利用しようとする変わり者だ。なんにせよまともではいられねぇ。」


「だっ、だから精霊憑きの方は身分も素性も隠して生きてるんです。」


「貴族なんて自分の子供に精霊憑きが生まれたと知ったら体面を気にして即殺しちまうって話だぜ。だから命が惜しけりゃ用心しろってことだ。まぁ、中には雪の国の姫みてぇに構わず名乗っているやつもいるがな。」


 雪の国の姫、一国の主。

 アステラと境遇を同じくする人物で、違うのは表舞台に立っていること。

 

 アステラはこの部屋に閉じこもっているが、テルはアステラをこの国の王にならなくてはならなかったと語った。

 この部屋から連れ出す、それはそのままこの国の王にさせることになるということだろう。

 それが獣人を救うことに繋がることになる。


 でもそれには危険が付きまとう。

 だからテルも無理に部屋から連れ出すなんてことをせず、あくまでアステラの意志で部屋を出るように話をしているのだろう。


「さてと、それじゃ今日は帰るか。」


「そっ、そうですか。」


「ああ、今日はナナシとお前を会わせるだけのつもりだったからな。」


 アステラは安心したように飛ばした布を拾いに行く。


「でも、時間はもうねぇぞ。お前ももうわかってんだろ、あいつが言った約束の日はもうそこまで来ている。」


「……。僕は――――」


 アステラは何かを言いかけて俯いた。

 そうして動かなくなってしまった。


「…また来るぞ。行くぞ、ナナシ。」


 テルは諦めたように部屋を後にする。

 そのあとをついてナナシも部屋を出た。


「よかったのか?今日はアステラを連れ出すつもりで自分も連れてきたのだろ?」


「気づいてたか。…いや、流石に気づくよな。でも、今日は無理だろ。弱っちいやつだが、あんなでも意志だけは固い。ああなっちまったら今日は意地でも動かなかっただろうよ。」


「そう、か。アステラに兄のことは伝えてるのか?その……死んでいる可能性が高いことを。」


「ああ、でもあいつはまだ信じている。兄が生きてるってことを。獣人が約束の日を待ち続けているように、アステラもアルトルが言ったように約束を守ってくれると信じている。なんせアステラ自身その未来を見ちまってるからな。」


 信じるのも無理のない話、か。


 アステラは兄である星の王を信じている。

 アステラを敵としてみる世界から自分を守り続けてくれた兄を慕っている。

 だから兄と同じように獣人を守りたいという思いはアステラにもあるのだろう。

 それでも兄に生きていてほしいという願いがその思いに歯止めをかけている。


 ずっと、あの小さな部屋で悩み続けたのだろう。


「テル、あのさ……もう少しアステラと話していてもいいか?」


「ああ、構わねぇよ。テムズには俺から話しとく、明日になったら迎えに来るぜ。」


「すまない、ありがとう。」


 アステラは小さな体でずっと悩み続けたのだろう。

 それを解決してやれると思ったわけではない。


 それでも、その重責の少しでも軽くしてやれたのなら。

 そう思うから――ナナシは再び扉を開けた。





「ナナシ…さん?どうされましたか?」


「あ、えっと。もう少し話をしたいと思ってな。精霊憑きの話ばかりでまともに話せなかったからな。」


「そう…ですね。」


 少し困ったような顔をするアステラ。

 部屋には気まづい空気が漂う。

 話をするといっても記憶もなく、この国のこともよく知らない名無しに触れる話題はない。


 何を話せるか迷っていた時、アステラが手に持った本に気づく。


「聖剣物語?」


「えっ……?ナナシさん知らないんですか?」


「ああ、実は記憶がなくてな。そういえば言ってなかった。獣人達といるのも自分が迷い人かもしれないと言われたからで――――」


「えぇ!?迷い人!?」


 すごい勢いで駆け寄ってきたアステラに驚愕する。

 

 今までの鬱とした表情とは打って変わり目を輝かせるその姿にノルが重なった。

 動揺する、が安心もした。

 ちゃんと年相応に子供らしい一面もあるのだ、と。


「実はそうなんだ。アステラは本が好きなのか?」


「はい!この聖剣物語が一番好きで、他にも魔女の伝説とか、一夜で滅亡した砂の国の謎とかも好きで他にもですね――――」


「アッ、アステラ、少し落ち着いてくれ。」


「すっ、すみません。僕、昔から本が好きで……。」


「そうか。では、アステラさえよければなんだが、いろんな物語を教えてくれないか?」


「えっ?いい、んですか?きっと、すごく…長くなってしまいますが。」


「本当に本が好きなんだな。…いいよ、テルには明日迎えに来てもらえるようになってるから。」


 アステラは嬉しそうに本棚から本をかき集める。


「じゃ、じゃぁ最初は聖剣物語から!」


「さっきの本か。面白そうだな。」


「はい!僕のお気に入りです!」


 

 アステラとナナシは寝食も時間も忘れ、物語の話をした。




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