星に願いを
ずっと何かを探して歩き続けていた気がする。
疲れもなく
腹も空かない
涙も尽きて
声も出なくて
自分が生きていることさえわからなくて。
ただ、ずっと――――
――――
―――
――
―
「おい、ナナシ。そろそろしっかりしてくれ。」
テルの声に反応して我に返る。
夜空の下、星明りだけが二人を照らす。
「あ……ああ。すまない、えっと……ここは?」
「もうすぐ村に着くぜ。」
「そう、か。もうそんなところまで……。そうだ、ノルは……?」
「先に戻らせた。あいつは何も知らないままでいい。」
ノルは星の王のことをやはり知らないようだ。
店主と同じ判断だ。
何も知らさず、何も教えず。
でも、たとえそれが優しさであったとしても、反面に辛さがあることをもう知っている。
「……いいのか、それで?」
聞かずにはいられなかった。
「言いてぇことはわかるよ。」
聞かれるのを承知していたかのようにテルは平然と答えた。
いつだってテルは何でも分かっているように話をする。
いつだって、最初から。
探りを入れていた。
きっと、最初から気づいていたのだろう。
自分が何者なのか。
「自分は……迷い人なのか?それとも星の王か?」
テルは立ち止まり振り返る。
全部話すと言ったテルの言葉を信じていないわけではない。
本当はどういうつもりで獣人の村に連れて行ったのか知りたいだけ。
騙されていたのではないことはわかっている。
テルは何も語らなかっただけ。
記憶のなくした人間が、ナナシとなってどういう生き方をするのかを見極めていたのだろう。
きっとこの予想は当たっている。
それでもテルの口から真実を言って欲しかった。
「……こっちだ。」
テルは元来た道を引き返す。
見知った道、今朝ノルと歩いた道だ。
覚えのある場所でテルは立ち止まる。
「ここは……。」
「ノルから聞いた。お前ここで立ち止まったそうだな。」
「ああ。」
「少し進んでみろよ。」
テルの言う通りに進む。
やはり何かを通り抜けるような感覚がする。
それでも振り返って見えるのは何の変哲もない道。
「どう見える?」
「普通の道だ。普通の景色だ。」
「へぇ、お前にはそう見えるのか。人間にも、獣人にも、お前が立っている場所から先は黒壁があるように見えてる。」
「そう、なのか。」
「……驚かねぇんだな。」
「そうだな……いいや、嘘だ。十分に驚いてるよ。でも、今日は驚きすぎてもう疲れたよ。」
自然と笑みがこぼれた。
迷って、迷って、迷って、自分の辿る道はまだ見えないけど。
それでも答えは得た。
「自分は星の王ではないんだな。」
「ああ、お前はまだナナシのままだ。」
人間には黒壁が見えているとテルは言った。
今更テルの言葉を疑いはしない。
星の王のことはよく知らないが人間であったはずだ。
だったら目の前が普通の道に見えている自分は星の王ではない。
「ここには結界ってのがあるらしい。どういう理屈かはわからねぇが、普通の人間にはお前の立っている場所から先は見えなくなっている。獣人はその偽物の黒壁の先は見えはしないが、結界自体は感知できる。あいつらの祖先が迷い人と一緒にいた名残だろうな。」
「だったら、それが見える自分は人間でも獣人でもなくて。やはり迷い人だということか?」
「これが何かの魔法かもしれないっての正解だ。でもそれだけじゃお前が迷い人だって証明にはならねぇ。」
「ははっ……まだなにかあるのか?」
「ああ。精霊憑きっつう人の中から生まれる異能者だ。テムズの話に出てただろ、嘘を見抜けるとか未来が見えるとか。そいつらのことだ。今回のお前の場合は見えない者が見える、とかそんなところかもな。」
迷い人、星の王ときて最後は精霊憑きか。
自分にとっては得体のしれない者ばかり。
「もう何がなんだかわからないな。」
「俺から話せるのはこのくらいだ。お気に召したか?」
「ああ、ありがとう。元気が出たよ。でも、どうして話してくれなかったんだ?」
「お前がどんな人間かわからなかったからな。星の王じゃない時点で俺にとってお前はあいつと同じ顔をした何者かだ。そんな得体のしれない奴にほいほいと情報渡せるか。まさかこんなに早くいろいろ気づくとは思わなかったよ。」
呆れたようにテルは言った。
ノルの行動はテルにとっても不測の事態だったんだろう。
「……ん?待てよ、だとすると――――」
たとえ最初から星の王かもしれないと伝えられたところできっと何もできることなどなかっただろう。
結局は自分の記憶探しを続けるしかないことに変わりない。
隠されていることに自分から気づいてしまった。
ただそれだけのことだったんだ。
それを勝手に疑心暗鬼になってふさぎ込んで……
――――そう思うと。
「なんだか……いろいろすまなかった。」
「まったくだぜ、本当にな。ノルのせいでこんなややこしいことになった。まぁ、隠してたこっちにも非があるけどよ。」
「でも、大変なのはここからだぜ。獣人がお前を心配して大騒ぎってのは本当だ。」
「あっ……。いや、でも星の王ではないとわかっているのだろう?だったら自分はもう……。」
「獣人にとっちゃどうでもいい、って?馬鹿言え、獣人の仲間意識なめんなよ。迷い人だろうが星の王だろうが、それに精霊憑きだろうが人間の町にいるのに危険は変わりねぇんだよ。それにあいつらがお前の正体を知ったのはついさっきのことだ。」
「と、いうとテルが王都に来る前か。」
「俺はあいつらに何も伝えてねぇよ。」
「え……?テルが彼らに教えたんじゃないのか?」
「そこんところ俺もわからねぇんだよな。なんでラントがお前が星の王じゃないって黙ってたのか。」
「ラントが?」
「あいつは俺と同じように気付いてたはずだぜ。あいつも俺と同じように鼻が利くからな。」
そういえばノルもそんなことを言っていた。
テルとラントは獣人の中でも特に鼻が利くと。
星の王との匂いの違い、それでテルはナナシの正体を見抜いていたということになる。
「まぁ、村に帰ったらあいつらとじっくり話し合うことだな。」
「うぅ、気が重い。」
「ほら、さっきの元気はどうした。頑張れ頑張れ。」
無理を言うテルに食らいつくようについていく。
思えば今日は一日歩きっぱなしだ。
それに精神的にもかなり参っている。
体にムチ打ちなんとか歩を進める。
疲れを誤魔化すのは不可能と感じ作戦を変更。
テルに話題を振り歩みを遅らせることにした。
「そういえばさっき精霊憑きも人間のもとにいると危険だとか言っていたな。精霊憑きは人間…なんだろ?」
「人間だ。でも危険度でいったら迷い人より上かもな。なんたって迷い人なんかよりずっと身近にいる存在だからな。」
「でも、たしか嘘を見抜けるって精霊憑きは雪の国の姫様とか言っていたよな?」
「よく覚えてたな。だが、そいつは別格だ。嘘を見抜く異能を使って一つの国を作っちまった化け物だからよ。」
テルがそこまで言うとは驚きだった。
話ついでに他にどんな精霊憑きがいるのかを聞いてみた。
テムズの話にも出ていた未来を知れる異能。
感情を色として読み取れる異能
動物と会話することができる異能など
種類も多岐にわたるようだった。
「便利なものだな。それがどうして迷い人のように危険視されるんだ?」
「まぁ、詳しく話してやるのもやぶさかじゃねぇが、その話をする前に会ってほしいやつがいる。」
「会ってほしい?いったい誰に?」
「それはあいつらとの話し合いがすんでからにでも話すよ。ほれ、着いたぜ。」
テルが指で指示した先には獣人たちの姿があった。
話に夢中で気づかなかったがいつの間にか村の傍まで戻ってきていたらしい。
駆け寄ってくる獣人達の顔が見れない。
怒っているだろうか。
隠されていたとはいえ勝手に王都まで出向いたのは事実だ。
……いいや、馬鹿か。
テルは獣人が心配していたと言った。
ここまで来て逃げるなんてどうかしている。
決心し顔を上げる。
刹那、懐に飛び込む小さな何か。
「ぐっ!?」
腹部の痛みもさることながら、鼓膜が破れんばかりのその声量。
泣き声をあげながらナナシに飛びついたのはノルだった。
「ごっごめん!ナナシ兄!俺、知らなくて…ナナシ兄そんな、危険あるなんて、知らなくて!!!」
大粒の涙をこぼしノルは必至に許しを請う。
「だ、大丈夫だから少し落ち着いて――――」
「落ち着けるわけがねぇだろうがよぉぉぉぉぉ!!!」
そして前から近づいてきたラントに胸ぐらをつかまれ持ち上げられる。
「てめぇ、俺たちに何も言わずに勝手に出ていくとはどういう了見だ、あぁ!?」
謝罪の涙と怒りの怒号に挟まれ頭がくらむ。
さすがにこの展開は予想できなかったので二人を落ち着かせる言葉が何も出て来やしない。
後から追いついた獣人に囲まれ場は一気に喜びに包まれるがナナシの状態は変わらず振り回されたまま。
振り回され視界の端に見えたテルは笑いを堪えようと悶えていた。
薄れゆく意識の中、聞き覚えのある野太い声で我に引き戻される。
「その辺にしておけぇ、おめぇら。」
一瞬で場が静まり、獣人群れが割れて奥から神妙な面持ちのテムズが姿を見せる。
振り回されボロ雑巾のように草原に倒れたナナシを見て、
「……なんて、言ったらいいんだ?」
と、一言。
テムズはどうしていいかわからないような困った顔をする。
きっと言うべきことは用意してきたのだろうがこんな状態を見れば無理もないだろう。
「……とりあえず、大丈夫か?とか言っておいてほしい。」
「お、おう。大丈夫?そうで何よりだ。」
改めまして。
「あー……なんて言ったらいいかよぉ。」
歯切れが悪そうにテムズは再び話を始める。
「遅くなっちまってすまねぇな。……お前さんに話さなきゃならねぇことがある。」
「そうか。実は自分も聞かなくてはならないことがたくさんある。」
「そう…だよなぁ。」
申し訳なさそうに頭をかくテムズにいつもの覇気はない。
周りに獣人もその空気にあてられ落ち着きを取り戻す。
なにを迷っていたのか、馬鹿馬鹿しくなる。
こんなにもよくしておいてもらっておいて、それを偽物と思うなんて。
自分が正しい道を歩いているかはわからない。
それでも――何はともあれだ。
「――――っふ!はは!やめよう、雰囲気も何もあったもんじゃない。ただいま、テムズ!」
「……!ああ…助かるぜ。よく帰った!」
がははと笑うテムズにつられて大笑いする。
これでいいんだ。
今はきっとこれでいい。
自分が彼らに何を返せるかはわからない
ただ、獣人たちと笑いあえる日々を目指そうと
――――そう強く願うのだ。