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魔法使いに救われて  作者: Lie
王都争乱
4/10

境界に揺れる



 ノルが何を言っているのか一瞬わからずに立ち止まる。


 星の王が死んでいる?

 獣人が起こした戦争で?


 贖罪と語ったテムズの言葉の意味を見失う。


 いいや、問題はそこではない。

 星の王がどうして死んでいるのかは自分にとっては関係のないことだ。

 どうして星の王が獣人を守ってから死んだのか、それはきっと自分が知る必要のないこと。


 

 だが、なぜテムズもテルもそのことを黙っていた?


 不信感だけが募る。

 

 話してはいけない理由があった?


 ノルに問い詰めようにも戦争が起きた時はまだ幼かったと聞いたばかり。

 きっと聞いても何も真実がわからない。

 それに隠されていることをノルから聞き出そうとするのはあまり気分がよくない。


「ナナシ兄、早く来いよ。」


「……ああ。」


 ナナシは平静を装うと笑顔を作る。


 不思議なもので心境穏やかではないのに、作り笑いは自然と出た。

 なにも訝しむことはない。


 記憶のない自分だって、彼らを騙しているかもしれないのだから。



 ナナシはノルと共に検問所を通り抜け王都に入った。

 少し工夫はされている様だが、やはり通行証は借りた人間が使っても問題がないようだった。

 



 分厚い門をくぐり王都に入る。

 城壁のぼろさからはわからないほど人々の活気で溢れている。

 当然ではあるが獣人のような人間以外の種族はいない。


 もうすぐ収穫祭があるからか王都のいたるところに飾り付けがされていた。

 

 人間は何に感謝をしているのだろう。

 ノルは獣人から国を守ったことをと語っていた。

 だとするとやはり星の王にだろうか?

 捧げものなのだというのだから故人である星の王に対して、というのには理屈が通っている。


 

「ここで自分は何かを知ることができるだろうか。」


 この王都で何かを知ることができるかもしれない。

 もしかすると記憶を取り戻すきっかけがあるかもしれない。

 テルやテムズ、そして獣人が星の王の死を黙っていた理由を……。


「そっか、そういえばナナシ兄記憶がないんだっけ。」


「ああ、もしかしたらここに記憶を取り戻す手がかりがあるかもしれないな。」


「じゃあさ、今日はいろんなとこ見てまわろうぜ!俺、何回か王都来てるから少しくらいは案内できるぜ!」


「そうだな、今日は案内を頼もうか。」


 ノルの案内で大通りの商店を物色して回る。

 おかしな見た目の魚や、変わった形の作物が多く並べられている。


 ノルが言うには、この時期はよくできた作物は収穫祭用に回されるから露店に並ぶことはないとか。

 よく見ると工芸品を並べている店のほうが多くみられる。

 

「これは綺麗だな。」


 並べられた工芸品の中から一つの耳飾りが目に留まった。

 蝶の羽のように見えるそれは澄んでいて、赤々とした輝きを放つ。


「なんだナナシ兄、欲しいものでもあったのか?」


「いや、欲しいってわけではないんだが…綺麗だなって。」


「んー?ああ、フユウチョウの飾り物か。」


「有名なのか?」


「安いのにやたらと綺麗だから贈り物としてよく売れてるらしいぜ。この国じゃ売られてるのをよく見るし。」


 そう言ってノルはナナシの顔を覗き込むようにして見つめる。


「誰か渡してぇ奴でもいるのか?もしかしてテル姉にか!?ナナシ兄あの日もテル姉と仲よさそうにしてたもんなぁ。」


 目を輝かせてノルは子供心を震わせる。


「あー……。」


 何か勘違いされているように思う。

 早めに訂正しておいた方がよさそうだ。


「違う違う、買うお金なんて持ってないし。まあ、テルがつけたら似合うかもな。あの真っ白な髪にこの飾りは映えそうだ。」


「でも、やめといたほうがいいぜ!テル姉この蝶大嫌いだから!」


 気が高ぶりノルにはナナシの言葉が入ってこなかった。

 興奮している様子のノルはナナシの言葉を食うように助言した。 

 

「だから買う気はないって…。でも、そうかテルは嫌いなのか。」

 

「うん、なんかこの蝶が名前を付けられた経緯が嫌いだって。似合うかもってのは俺もわかるけどよ……そうだ!ナナシ兄もテル姉と似て銀髪なんだからきっと似合うぜ?俺が買ってやろうか?」


「ありがたいが遠慮しておくよ。どうも飾り物というのが性に合わない。」


「そっか……でも一回つけてみようぜ!おっちゃん!これ少し借りてもいいか?」


 ノルは店主の了承を得ると近くのガラス窓の前にナナシを立たせた。


「うん!やっぱ似合ってるぜ!」


 ノルの賛辞の言葉をよそにナナシは衝撃を受けていた。

 思えばこれが自分の顔を見る初めての機会。


 ノルにかき回されてぐしゃぐしゃになった髪、黒塗りになった自分の髪。

 そんなものはどうでもよかった。


 ……目だ。

 片方の目、その周りを含めてが焼け爛れたように荒れていた。

 

 爛れていない方の目を覆うと途端に暗闇が襲う。

 テルと出会い、目を覚ました時から普通に目が見えていたから思いもしなかったことだった。

 

 ナナシの目は片方しか機能していなかった。


「どうした、ナナシ兄?」


「あ、いや……少しガラが悪く見えないか?」


「そりゃナナシ兄が今、黒髪だからじゃねえか?元に戻ったらきっと爽やかに見えるぜ!」


 目の傷を見ても、つい最近にできたもののようには思えない。

 テルと出会ったときは気を失っていたが、この傷ができたから気を失っていたというわけではないのだろう。

 思いがけないところから記憶の手掛かりを得ることができたが、少し恐ろしくもある。


 記憶をなくす前の自分はどのような人間で、どういう状況にあったのか。



「……ナナシ兄ってさ、記憶戻ったら俺たちの村から出て行っちまうのか?」


 ノルは不安そうにナナシの顔を見つめ問を投げる。

 物憂げな表情をしていたのだろう、ノルはナナシの様子からどこかに行ってしまうのではないかと考えた。


 短い付き合いかもしれない、それでもノルは家族のように接してくれている。

 どのような人間だったか、そんなものはどうでもいいではないか。

 記憶が戻っても獣人の村に訪れてもいいか、それをテムズに聞いたのは間違いなく本心だ。


 あの景色を綺麗だと思ったのは嘘じゃない。

 獣人を嫌おうだなんて思わない。

 どれも本心で、そういう人間だったのだと信じたい。

 

 迷う必要はない。

 きっと記憶が戻っても僕はナナシであったことを忘れない。

 今、過ごしているこの時間を忘れないでいよう。

 

「どこにも行かないさ。お前なんて嫌いだ、どこかに行ってしまえ…それを言われない限り、僕は君たちの味方だよ。」


「……そっか。でも、それはラント兄が言っちまいそうだから言われてもいてもいいんだぜ!」


「――――ん?何か言ったか、ノル?」


「だーかーら、ラント兄!ほら、ラント兄人間のことすっげぇ嫌ってるじゃん。嫌いって言われるかもだろ?」


「ああ、たしかにそうだな。まだ直接は言われていないが、彼には出会った時からよく思われていなさそうだ。」


 獣人の村を訪れた日、他の獣人は皆歓迎してくれている様子だったが、ラントだけは最後まで難色を示していた。

 獣人が人間のことを内心ではどう思っているかはわからない。

 ナナシが受け入れられているのも、迷い人かもしれないという可能性があるから。

 だとしてもラントだけはどこか毛色が違うような気がしてならなかった。


 迷い人だから、人間だから、それとはまた別の理由があるようにも思えた。

 それが個人的な遺恨からくるものかはわからない、が――――


「聞いても教えてはくれない……だろうな。」


「多分なぁ。……あ!そうだよ!ラント兄がなんでナナシ兄のことを嫌ってるかはわかんねぇけど、何でも屋ならもしかしたらナナシ兄のこと知ってるかも!」


「何でも屋?」


「そっ!食いもんから服、変な置物とかいろいろ置いてる店だ。」


 なるほど、確かにそれは何でも屋と言ってもいいだろう。


「でも、その何でも屋が自分のことを知ってるかどうかはわからないいじゃないか?」


「ナナシ兄わかってねぇなぁ。何でも屋なんだから何でもあるに決まってるだろ、情報とかな!少なくともジルに聞けばナナシ兄がこの国の人間かどうかくらいはわかると思うぜ?」


 確かに現状記憶を取り戻すための手掛かりはないに等しい。

 特に行きたい場所があるわけでもないし行ってみる価値は大いにある。


 そうしてノルの案内で何でも屋に向けて王都の街並みを歩き始める。


「そういえばテルは人間の町で仕事をしていると聞いたがもしかして王都で仕事をしているのか?」


「テル姉はいろんなとこ行ってるらしいぜ?まぁ、俺もテル姉がどんな事やってるかははっきりとは知らねぇんだけど。」


「そうなのか?」


「何回聞いても教えてくれねぇんだよ。俺もいつか一緒に仕事してぇって言ってんのによ、ガキには無理だとか言っていつもはぐらかされるし。」


「きっとそれだけ大変な仕事なんだろ。」


「んー……かもなぁ。たまに血まみれになって帰ってくるし。」


「血まっ……。」

 

「別に怪我して帰ってくるわけじゃねぇぜ?全部返り血だって。」


 それは余計に物騒だ。

 その言葉は心の奥底にしまい込んだ。

 

 でも、そうか――――


「テルのことを慕っているのだな。」


「ああ!強くてかっこいい、自慢の姉ちゃんだ!」


 目を輝かせ、いつか姉のようにと語るノルにその仕事はやめておいた方がいいとは言えなかった。

 憧れは大切なものだ。

 そんなことは記憶がなくても心が知っている。


 それにテルにあこがれを抱く気持ちはわかる気がする。

 見た目は幼くても意志が強く、大人びている。

 真っすぐに見つめてくる赤目には吸い込まれてしまいそうで、どこかひきつけられる魅力がある。

 言動こそきつい面もあるが、それは獣人を守ろうとしてのことだったのだろうと今は思う。


 ――――憧れた。

 そうだな。これが一番しっくりくる。


 ノルは自分がテルに好意を抱いてると勘違いしてるかもしれないが、これは好意ではなく憧れだ。

 行き場のなかった自分はテルに救われて、それが理由あってのことだったとしても、その姿にあこがれを抱いた。


 ――――自分も彼女のように誰かを助けられたなら、と。


 会話を交わしノルと王都の通りを歩く。

 日は高く昇り、王都にいる人間と共に賑わいは増してゆく。


 広場では何か催し物をしているのか人だかりができていた。


「すごい人だかりだな。」


 人気な店でもあるのか、その場所は人々の凄まじい熱気に包まれている。

 次から次に押し寄せる人を周りの兵士風の男がせき止める。


「ん?……うげっ!行こうぜナナシ兄。」


 ノルに手を引かれその集団を通り過ぎる。

 何か祭りの催しかと思ったがどうも違うらしい。

 ノルの毛嫌いするような反応からもそれが分かった。


 通り過ぎる途中に群衆の合間からかすかに見えたのは中央で何かを演説する男。

 他にも同じような服装をした人間が数人いた。


 何かの団体、それも身分の良い者たちのように見受けられた。

 人々に憧憬の眼差しを向けられ、近づこうとする人々からその団体を兵士が守るようにして囲んでいる。


「あれはいったい何なんだ?」

 

「……教団だよ。聖教徒。ナナシ兄もっと早く歩いてくれよな。」


 渋るように答えたノルはナナシの背を押し急かしながら歩く。

 どうもこの話題はこれ以上口にしない方がよさそうだ。

 あからさまに不機嫌になるノルを見てそう考えた。



 どれくらい歩いたか、先ほどの喧騒とは程遠い場所に来たように思う。

 辺りにはすっかり人気がなくなっていた。


「よし!ジルの店があるのはこの先だぜ!」


 すっかり機嫌も直り元気よくノルが指で示した先には一本の路地道があった。

 まだ昼を過ぎたころだというのに建物に挟まれている影響か、その道は先が見えないほど暗い。


 建物が立ち並ぶ場所にできた空洞。

 まるで建物が獲物を待ち伏せるように口を開けているように思う。


 しかしその先に足を踏み入れようという気は到底起きない。

 陰鬱な空気を漂わせ、周りの建物のどこからも人の気配がしないのが余計にその奇妙さを演出する。

 

「……本当にこの先に店なんてあるのか?」


 ノルを信じていないわけではない。

 それでも疑いの言葉しか出る余地がない。


「もちろん。人も住んでる場所だし、酒場とかもあるんだぜ?これぞ星の国、王都裏名物迷宮区だぜ!」


「裏って……迷宮って……。」


 ナナシはなんとか暗闇の奥を見ようと目を凝らす。

 じっと見つめてもやはりその奥を見ることは叶わない。

 灯りもなしに先へ進むことは自殺行為のように思う。

 

 そんなナナシの様子を見てなるは安心させようとはしたのだろう。


「大丈夫だって!道さえ覚えてたら出られなくなるなんてことそうそうないから!」


 ――――なんてさらに不安にさせるようなことを言ってくる。


「道知らなかったら出られなくなるんですかぁ……。」


 不安が過ぎて丁寧な言葉遣いになる。


 このやり取り、どこかで既視感があると思ったがリウ村に着く前のテルとのやり取りにそっくりなのだ。

 血がつながっていなくてもやはり強大なのだと実感させられる。

 これも憧れからくるものなのだとしたらこれだけは余計だとノルに言える。

 どこか気弱なノルの言葉遣いが荒っぽいのもテルに似た影響なのだろう。

 いいや、きっとテムズも共犯だ。


 空高く流れていく雲を見つめ物思いにふける。



 ここまで連れてきてもらったのだ、今更行きたくないとは言えない。

 ここはノルを信じて進むしかないのだ。

 自分に言い聞かせるように心の中で唱える。


 意を決し、前を見つめ、ゆっくりと足を前に出す。


 光と闇の境界を跨ぎ、ナナシは暗闇の中に足を踏み入れた。


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