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魔法使いに救われて  作者: Lie
王都争乱
3/10

軌跡


 ――――見慣れない天井。そうか昨日はテルに連れられて獣人の村に来たんだったか。


 それからの記憶が思い出せない。

 

「ようやく起きたかよ!」


「……テル?」


「はぁ?俺はテル姉じゃねぇよ!」


 驚いて顔を上げると目の前には少年の姿があった。

 

「君……は?」


「俺はノルだ!朝飯できたから降りて来いよ!」


 元気よく話す少年の容姿は人間のように見て取れる。

 口調も似ていることからもテルの弟ってところだろうか。

 階段を降りる少年の後ろについてゆく。


 居間に向かうとテムズが座っていた。


「よぉ、起きてきたか。」


「ああ、おはよう。昨日はその……自分はいつの間に眠ってしまったんだ?」


「寝たんじゃねぇよ。お前さん気失ってたんだ。」


「……え?」


「覚えてねぇか?お前さん肉を食った直後にふら、っとな。吐いたりして大変だったんだぜ?」


「それは世話をかけてしまったな。」


「しばらく飯を食わねぇ後にいきなり食ったら倒れるってのは聞いたことあるが、多分それだろうなぁ。見かけじゃそうは見えなかったから驚いたぜ。」


 たしかに昨日の夜は腹がすいていたがそこまですいている気はしなかった。

 記憶を失う前の自分はいったいどんな生活をしていたのか。


「ほれ、朝飯の粥だ。しばらくそれで様子を見なくちゃぁな。」


「ありがとう。」


 ほぼお湯の麦粥だったがこれはこれでおいしいものだった。


「これはもしかしてさっきの少年が作ってくれたのか?」


「んん?ああ、ノルにあったんだな。でも、残念だが外れだ。そいつを作ったのはテルだぜぇ。」


「……えぇ?」


 思えばあの少年もテルに似てがさつそうではあった。

 テムズも体の大きさのせいで調理場にも立てないだろう。

 ただ、まさか――――


「あのテルがなぁ、って顔をしているぜ。あいつが居なくてよかったな。」


「テルはどこかに出かけているのか?」


「人間の町に仕事に行ってるぜ。あいつは俺らとは違い器用だからなぁ。」


 そういえば気になっていたことが一つあった。


「その……テルとノルは兄弟だったりするのか?」


「違うぜ?ついでに俺はあいつらの親でもねぇ。俺みてぇなでけぇやつからあんなちんまいやつが生まれるかよ。まぁ、親代わりではあるがな。」


「テル達とは長いのか?」


「ノルとはこの国に来てからだが、テルとは……もうどれくれぇになるかなぁ。」


「……二十歳くらいだとか言っていたが本当なのか?」


 キョトンとした顔をしてテムズはナナシに問を返す。


「あいつそんなことを言っていたのか?」


「やっぱり嘘を言われていたのか。」


「いやぁ?本当にそうかもしれねぇぞ?まぁ気になるんだったらもう一度本人に聞いてみることだな。」


 テムズはにやりと笑いナナシの話をごまかす。


「さて、今日は俺たちの仕事を手伝ってもらうぞ。」


「それってテルのしている仕事というやつか?」


「いやぁ、そいつはできねぇ。お前さんは人間の町には行けねぇからよ。」


「それはどういうことだ?」


 聞き返すとテムズは、ばつが悪そうな顔をして答えた。


「あー……あれだ。町に入るには通行証っつうのがいるんだよ。それを持ってるのはテルだけだからよぉ。」


「なんだ、そんなことか。なにも気まずそうにする必要はないじゃないか。」


「まぁ、なんだ…悪いな。そいつができたのは俺らが戦争を起こしたからだからよ。」


 ああ、たしかにそれは言いにくいよな。




 そうしてテムズが言う仕事場とやらにナナシを連れて行った。


 何の仕事をするか、聞くまでもなく一目でわかった。

 昨晩は暗がりでわからなかったが、目の前に広がった麦畑。


 一面に広がるそれは風に揺られて金色の海原のようだった。

 これほどまでにきれいな景色は初めて見た。

 いいや、実際初めて見たのだろう。

 記憶をなくしてからこれほどの感動を覚えたことはない。

 

 ――――もっと……もっとこの景色を。こんな感動を得たいと思った。


 昨日の夜空はどうだったろうか?

 獣人が宴を楽しむ様子はどうだったろうか?

 ――――この世界で、いったい自分はどんなことを経験するのだろうか?


 ただ一つの景色を見ただけなのに、こんなにも心躍ってしまう。


「かかっ、そんな反応をされるとこっちまで嬉しくなっちまうなぁ。」


「いいや、本当にすごい。ここは獣人達が?」


「ああ、そうだぜ。最初はなにもねぇ原っぱだった。戦争が終わって、この村で隠れ住むようになって、何もなくなっちまって、何もなしえなくて、そんな俺たちが唯一誇れるようになったことだ。」


 感動して立ち止まるナナシにテムズは声をかけた。


「呆けてる場合じゃねぇぜ。今日はこれからこいつらを刈っちまうんだからよ。」


「そうか。少しもったいない気もするな。」


「収穫祭に間に合わさねぇといけぇねからな。なぁに、また月日が廻れば見ることができらぁ。」


 テムズは何げなく言い放った言葉、そんなつもりはないとわかっている。

 それでも聞き返さずにはいられなかった。


「その時も、自分はこの場所にいてもいいのか?」


 獣人と人間の関係がその時どうなっているのかもわからない。

 自分が記憶を取り戻してここにはいられないかもしれない。

 それでも――――。


「まぁな。これから何があろうと、お前さんみたいな変わったやつがいたってことを獣人は忘れねぇと思うぜ。だから、気が向いた時でもいい、ここに来たいときは来ればいい。」


 

 金色に輝く麦束が端から刈られてゆく。

 辺り一面を覆った麦束をすべて刈るころには日も暮れ始め、夕日が地面を照らす。

 赤々とした大地は綺麗だったが、麦の海原の印象もあってか少し切なさを感じさせた。


「おーい、何やってるナナシ。もう終わったから帰るぞ!」


 一面に広がっていた麦畑も、刈ってみると荷車三台に収まるほどだった。

 それをテムズと数人の獣人が押して帰る。


「この麦はどうするんだ?」


「王都の市に卸すんだよ。俺たちは俺たちのできることを、だ。」


「そうか、収穫祭って言ってたな。」


「俺たちは王都には入れねぇからな。いつもはテルがやってるんだが、今回あいつは野暮用がある。」


「まさか次の仕事って……」


「いいや、それはノルにやらせる。」


 てっきり人間だからと王都に行くことになると思っていた。

 どこか拍子抜けした気になる。

 通行証とやらがテルの分しかないのだとしても借りるなりして使えるものだと思っていたが、そうでもないのかもしれない。

 人間の町にも行ってみたかったから少し残念に思う。

 

 心配そうに遠くを見つめるテムズの顔。

 元はテルが行く手はずであったようだし、ノルでは少し不安と言ったところだろうか。


 帰り道の道中、考え事をしたように何も話すことはなかった。 

 いままで陽気に話していたテムズからは考えられないほどの静けさにナナシも何もしゃべれずにいた。

 

「疲れただろ。飯食ってさっさと寝ることだ。」


 言われたとおりに夕飯を食べて寝床に入る。

 今日の作業で疲れたのだろう、すぐに眠ることができた。








 ――――夢を見た気がした。


 赤々と照らされた地面に逃げ惑う人々。

 守るべきであったそれらを横目にただ前に進んだ。


 呼吸をすると喉が痛くて、目が開けていられないくらい熱いのに

 それらから目を背けることができなくて――――


 痛くて、暑くて、惨めで……それでも辛いなんてとても言えなくて――――


 どうしようもなく、


 「――――――――」








「――――!おい、あんた!」


 誰かに呼ばれる声で目を開けた。


「……テル?」


「だから俺はテル姉じゃねぇって。てか、あんた大丈夫なのかよ?」


 体を起こすと目の前には心配そうに慌てるノルの姿があった。

 

「あんたずっとうなされてたぞ。嫌な夢でも見たか?つらいことでもあったか?大丈夫なのかよ!?」


 涙目になりながら問い詰めるノル。

 よほど心配をかけてしまっていたらしい。


「大丈夫だから少し落ち着いてくれ。」


「驚かせんなよなぁ。全然起きてこねぇから焦ったぜ。」


 体が軋むように痛む。

 昨日力仕事をした影響だろう。


「親父が今日はゆっくり休めって言ってたぜ。」


「テムズはどこかに出かけているのか?」


「親父たちは皆で麦の実を取ってる。テル姉は今日も王都まで出かけてるぜ。」


 休ませてもらえるのはありがいがいったい何をすればよいものか。


「ノルは今日どうするんだ?」


「俺は王都の下見だ。今回は俺が麦を売りに行くことになっているからな!」


 ノルは懐か木の板を取り出して誇らしげした。

 おそらくテルのものだという通行証だろう。


 木の板に文字のようなものが書かれている。

 

「それが通行証ってやつか。」


「うん、テル姉から借りた。これを衛兵に見せたら王都に入れてくれるらしい。」


「らしい?」


「俺もテル姉と何回か王都には行ってるけど一人で行くのは今回が初めてだから……」


 ノルはうつむいて不安そうに答える。

 

「そうだ!あんた王都に行くのについてきてくれよ!どうせ今日暇なんだろ!」


「えっ?いや、問題はないが……いいのか?」


 人間のいる場所に行ける。

 記憶を取り戻せる手掛かりもあるかもしれないし願ったりな提案だ。


 テルの通行証は誰が使っても問題ないようだし、王都に行けるのなら行ってみたい。


「なんというか…管理がずさんだよな。」


 獣人が起こした戦争で作られたという通行証。

 暴徒や罪人が入らないようにするための工夫だろうが、誰かに貸しても使えるのなら国の人間が裏切ればその対策も意味をなさない。

 それだけ国の人間を信用しているということだろうか?


「どうすうんだよぉ?」


 ノルはナナシの服の裾をつかみ問う。

 目を潤ませ縋るように頼まれて、その手を振り払うなんてことができようか?

 いいや、できないな。


「よければ自分も一緒させてもらえないか?」


「――――!ありがとな、兄ちゃん!」


「兄ちゃんか。そうか、そうなるのか。」


「うん、今日はよろしくな!ナナシ兄!早速準備しようぜ!」


「なにか準備があるのか?」


「親父が王都に行くときは変装してけって。」

 


 そうしてナナシとノルは身支度を済ませ家を出た。

 髪に煤を塗り黒に染め、ノルよって髪をかき混ぜられた。

 きっと今はひどい髪形をしていることだろう。


 ノルと他愛ない会話をして草原地帯をしばらく歩いて森を抜けた。

 黒壁から歩いてきて、村を出てから初めて見る景色。


 草原ばかり見てきたから森を見た時は新鮮な気持ちになる。


 ――――そんな時だった。


「――――?」


 何かを通り抜けたような違和感を覚える。

 ノルの様子を見ても変わった様子はない。


「何か今……」


「どうしたんだナナシ兄?」


「今、少し変な感じがしなかったか?」


「ん?ああ、村を出たんだよ。」


 ノルはそれ以上は何も語らなかった。

 村ならずっと前に出たはずだ。

 どういうわけかをノルに聞いても要領を得ない。


「範囲?かな。ここまでが俺らの村なんだ。テル姉も親父も、一人ではこの先に行くなとしか言わねぇからよ、俺もよく知らねぇんだ。」


 気になるならテル姉に聞いてみなよ、そういって再びノルは歩みを進めた。


「そういえばこの辺りは盗賊やらがよく出ると聞いていたが、案外平和なものだな。」


「そりゃそうだよ、あいつらも馬鹿じゃないからな。下手には襲わねぇし、テル姉の名前が知れ渡ってるから簡単には手を出してこねぇよ。」


「……テルはいったい何をしたんだ。」




 町をいくらか通り過ぎたころには遠くに大きな壁のようなものが見えるようになっていた。

 それに伴うように荷馬車を押す人々が増えてきた。


 収穫祭に向けてだろうか。

 荷馬車にはそれそれ多くの作物だったりがのせられている。


「すごい馬車列だな。毎年こうなのか?」


「そうだぜ。収穫祭、またの名を感謝祭。」


「感謝祭か。作物までにしっかり感謝するなんて本当にいい国なんだな。」


 冗談交じりにそう答えるが実のところ本当のことなのかもしれない。


 星の国、この国の王が獣人を国に連れてきた。

 それは人質としてだったかもしれない。

 それは失敗したかもしれない。


 それでも獣人がこの国に残ろうと思えるほどの何かを、星の王はした。

 素晴らしい王なのだろう。

 素晴らしい国だったのだろう。


 それが――――



 目の前という距離になってよくわかる。

 遠くからはわからなかったが王都の石壁は所々が崩れかかっている。


 獣人が起こした戦争でこうなったのか?

 それにしたって修繕されていないのはおかしい。


「感謝祭って別に収穫された物に対して感謝してるだけじゃねぇぜ?収穫祭なんてもんができたのも、俺はもっと小さかったからよく覚えてねぇんだけど、つい最近だって話だしよ。まぁ、その意味もあるんだけどな。」


「……どういうことだ?」


「この一年の実りがもたらされたのはその一年が平和だった証拠。それを捧げものとして感謝してるんだ。」


 何かがおかしい。

 違和感がある。

 嘘を言われていない、それでも今まで真実を何も語られていなかった。

 ――――そんな気がしてならない。


「いったいこの国の人間たちは何を感謝しているというのだ。」



 ノルは目をそらして間を置いた。

 


「獣人たちから、この国を守ったことを。」


 

 隠れて暮らさなければならない獣人。

 戦争を起こしたから、罪があるから彼らはそうしなければならないと思っていた。


 それでも彼らをこの国に導いたのは星の王だ。

 獣人を救って戦争を終わらせたのは星の王だ。

 その間、両者に何があったか知らない。


 それでも隠れる必要なんてない、はずなのではないか?

 星の王がいるなら、人間の町では暮らせないにしろ隠れる必要なんてない。


 今更ながらにそう思った。


 別の隠れなければならない理由が獣人にはあった。


 迷い人がいなくなった世界で、獣人はどうあらなければならなかった?

 どういう仕打ちを受けてきた?

 守ってくれる人間がいなくなった彼らは、どうなっている?

 



「その時に星の王は、死んでいる。」



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