獣人の村
珍しいものでも見るように獣人達はナナシを取り囲んだ。
予想していなかった光景にナナシは動けずにいた。
周りを囲む獣人たちも同様に動かない。
目を輝かせたり、涙を浮かべるものもいた。
その状況が何を意味するのか分からず立ち尽くす。
そんな状態が続いていると獣人の群衆が割れおくから一人の獣人が近づいてきた。
狼のような顔をするその獣人はナナシの顔を見るなり声を荒げテルに食って掛かる。
「どういうつもりだ!テル!」
「落ち着けよ、ラント。俺は面白れぇ奴がいたからここに連れてきただけだ。」
「面白れぇだと!?これのどこが!」
ラントと呼ばれる獣人の様子を見るにナナシは歓迎されていないようだった。
それも当然、周りをみてもテルのように人間の姿をしている者はいない。
名無しはふいに湧いたよそ者でしかない。
「まぁ、お前が何を言おうと最後に決めるのはテムズのやつだ。誰か呼んできてくれよ。」
「もう、来ておるわ。ちび助。」
何処からか聞こえてきた野太い声。
誰が声の主かはすぐに分かった。
「こりゃぁ、何の騒ぎだぁ?」
ナナシの頭上を影が覆う。
ふと顔を上げると辺りの獣人の誰よりも大きな図体を持つ老人が目の前にいた。
大男はナナシの顔を覗き込むようにして見つめる。
「人間……か。」
「ああ、しばらくここで様子を見るつもりだ。いいだろ?」
大男は困り果てた様子でテルに答えた。
「おめぇが決めたのならそれは構わしねぇがよ。……まいったな。こりゃぁどういうわけだよ。」
「黒壁の前で拾った。記憶がないんだとさ。」
「ああ、なるほど。それは難儀なことだ。……で、お前さん名前はなんてぇんだ?」
「えっ……いや、自分は……。」
「ナナシだよ、ナナシ。お前ちゃんと聞いてたのかよ。」
「名無しでナナシか。もっとましな名前はなかったのかぁ?……まぁいい、話をするにしてもあれだな、お前さんまずはその恰好をどうにかしなくちゃぁな。」
ナナシはいろいろなことに戸惑い、自分が何も着ていないことをすっかり忘れていた。
手招きする大男の案内で獣人の間を歩く。
「っ…!おいっ、テムズ本気でそいつを村に入れる気か!」
狼の獣人は叫び大男に呼び留める。
「それを決めるのはナナシ自身だ。何はともあれ、まずは話をしなくちゃぁな。……ラントぉ、お前の言いたいことはよくわかってるつもりだぜぇ?でもよぉ、俺たちはもう間違えることをしちゃぁいけぇえはずだ。」
そう言い残し振り返らずに大男は村の中に消えていく。
狼の獣人の様子をみてナナシは足が止まった。
自身が本当にこの村に入ってよいのか。
そんな考えが頭によぎる。
「おい、行くぞナナシ。」
「しかし、彼は……。」
「今はほっとけ。お前に何かがあって記憶がないように、あいつらにも今までいろいろあったんだよ。お前はそんな心配をするより、今しなくちゃいけねぇことをやれ。」
「そう、だな……。」
テルに背を押され大男の背中についていく。
少し歩いてほかの建物より一回り大きな建物の中に案内された。
大男は地べたに座り話を始めるなり謝罪の言葉を口にした。
「悪かったな、大勢で囲っちまってよぉ。人間の客なんてめったに来ねぇもんだからよぉ。」
「いや、感謝こそすれ謝罪をされる覚えはない。こんな珍妙な格好をしたやつがいきなり現れたらああもなるさ。」
もちろん格好だけのせいだとは思っていない。
泣いている獣人がいた。
その顔が頭から離れないでいた。
あれは――――
「おお、あったあった。ラントの下がりになるがお前さんが嫌じゃなけりゃきてくれ。」
「ラントというとさっきの……彼にはよく思われていないようだな。」
「そいつは……」
大男はテルと顔を合わせ何かを目で伝え合う。
なにか話せないことがあるのか、テルは首を振り大男は話しにくそうに話を続ける。
「そいつは仕方ねぇってやつだ。ここのやつらは人間を良く思ってねぇのも多少いる、その中でもあいつは特に人間嫌いだからよ。まぁその気があったらこれからもよくしてやってくれ。」
大男の言葉に違和感を抱きながらもナナシはテムズに問を投げる。
「ここには彼らのような獣人がたくさんいるようだが、ここは彼らの国という認識でいいのか?」
「……ちび助、おめぇ何にも話さずにここに連れてきたらしいな。」
「獣人のことを話してこの村に来たくないと言われたら面倒だったからな。まぁ、黙っとく必要もなかったらしいけどよ。」
テルにこの村に連れて行ってもらえるようにいろいろ信用を得ようとしていた。
今のテルの言葉を聞く限りではその必要なんてなく、テルははじめからナナシをこの村に連れてくる気だったようだ。
「さて、それにしてもどこまで話したもんか。まずはここがどういうところかを話した方がいいな。」
ナナシにはもうある程度の想像はついていた。
地図に載っていない村、人間を嫌う獣人。それでも大男の口ぶりから感じられた違和感。
まるで人間が獣人を敵対視しているかのような言い回しをこの大男はしている。
この場所は――――
「まぁ、ここがどういう国かって聞いてくるあたり想像はついてるんだろうな。察しの通りだ、星の国ここは人間の国で、人間から見りゃ俺たちは――――敵だ。」
――――ずっとずっと昔の話だ。
北の大陸、そこに獣人の国がある。
そこにおかしな奴らが訪れた。
そいつらは行き場もなく、言葉も話せず、この世界のことを何も知らない人間だった。
ただ一つ、普通の人間と違ったことは魔法という特別な力を使えたこと。
呪文と呼ばれたものを唱えると何もないところから火が生まれ、光の矢を放ち、大地を耕して、傷を負ったものがいればたちまちそれを癒して見せた。
その力を獣人は羨んだ。
獣人は人間とは比べ物にならないほどの強靭な肉体を有していた。
だがそれゆえにその力を恐れられ、そして欲した人間たちによって獣人は数を減らしていた。
獣人はその魔法を使う人間たちと手を組んだ。
人間たちはこの世界のことを知るために、獣人は魔法を浮かうその人間たちに守ってもらうために。
獣人はその人間たちを畏敬を籠めて迷い人と呼んだ。
そうして迷い人と獣人は幾年の年月を力を合わせ共に過ごした。
「――――なんてことはねぇ、ただの老いぼれの昔話だ。といっても俺を含めその当時のことを知る奴なんて誰一人として生きてねぇはずだがな。まぁ、迷い人の子供…なんてもんがいたら話は別だが。」
「獣人がどういう立場にあるかは分かった。それでも話を聞く限りでは、獣人が人間を嫌ったとしても、人間の敵が獣人だという話にはならないんじゃないのか?」
「獣人が人間を嫌う、それだけで理由なんて十分だったんだよ。獣人は仲間思いが強いからな。」
「それはどういうことだ?」
「復讐したんだよ人間からの扱いに耐え兼ねていた獣人は復讐したんだよ。戦争は何年にも及んだ。獣人の方が人間より優れた肉体を持つと言っても人間には数と、それを活かせる知恵を持っている。少しづつ数を減らし始めた獣人達は…頼ってしまった。」
何を?
そんなことは口に出さずともナナシにも分かった。
「迷い人に頼んではいけないことを頼んじまった。獣人は人間たちに魔法を使うように頼んだそして獣人の力と迷い人の魔法、その両方を使って戦況を有利に進めていった。そこから戦争はすぐに終わった。なんせこの世界の人間は魔法なんて使えないからな。ほとんど虐殺に近かったらしい。それに人間はすぐに降伏、獣人には不干渉を誓った。」
「獣人たちには?」
「ああ、そうだぜ。人間が誓ったように獣人も誓った。二度と魔法には頼らないと、また戦争が起こらないようにするという名目で。……獣人は大陸から迷い人を追い出した。
そのあと迷い人がどうなったか獣人は知らなかった。だけどよぉ、さすがに分かるだろ?そんな奴らを放っておく人間たちじゃねぇ。
人間たちは大陸から迷い人を探し出してその全員を始末した。何十年、何百年かけて。それを承知の上で獣人は迷い人を見捨てちまった。」
「結局は獣人も怖かったんだろ、魔法がよ。」
「……かもしれねぇ。でもそれでも獣人は迷い人への感謝を忘れていねぇ。負の歴史であるこの言い伝えが獣人に伝わっているくれぇだしな。」
少しだけわかった気がした。
ナナシを見た時の獣人の反応がそれぞれとがった理由が。
敵意むき出しのラントとは違いほかの獣人は泣いていたり、嬉しがったりして好意的に感じられた。
――――だからこそわからない。
「なぜ……なぜ、敵同士であるあなたたちが人間の国にいる?不干渉を誓わせたのだろ?それなのにどうして……。」
――――いや、それだけじゃない。
「……どうして自分を受け入れてくれたんだ。自分は人間、なのだろう?」
ナナシの問いに大男とテルは顔を見合わせた。
「それに答えるのは、難しいな。俺たちもお前が何なのか測りかねている。」
「何者かもわからない男を招き入れたのか?いいや、そんなことはないはずだ。」
テルも最初からこの村に連れてくる気だった、この大男が村に入れることをすぐに受け入れたことも気がかりだ、そして泣いていた獣人。
理由がなかった、そんなことはあるはずがない。
ナナシの顔を見てか大男はつぶやくように話し始めた。
「……可能性がある。大陸の、獣人の村におかしな奴が現れた。そいつは行き場もなく、この世界のこと何も知らない人間だ。まぁ、言葉は通じはするがな。」
「――――それは、それは自分が迷い人かもしれない、ということか?」
自分が何者かなんてわからない。
魔法、なんてものにもいまいち覚えがない。
それでも――――
「それだけのことで人間の自分を受け入れたのか?」
「そういえばさっき聞いていたな。なぜ俺たちが人間の国にいるかって。」
「ああ。」
「獣人が平和な日々ってのが続いてもう何百年になる。同じように迷い人がいなくなってそれくらいたってるんだろうな、やつらがいたのが抑止力になっていた。獣人の恨みが消えねぇように、人間たちも同じだった。獣人は今でも人間に虐げ続けられている。」
何十年、何百年と積み重なった恨みが迷い人がいなくなったことで表に出た。
当然のこと…いいや、それを失念してしまうほど平和な日々が続いたということだろう。
「それを止めるためにこの国の王が七国議会を作った。獣人の国を含む大陸の七国で同盟を組んで、もしもどこかの国が戦争をしようものならほかの六国が手を組んでつぶす。作りは単純だが同盟に入った国が国だ。獣人もその提案を一蹴することはできなかった。
この星の国と獣人と同じように人間と仲が悪かった海の国、それに機械の国と知識の国、嘘を見抜く力を持った人間がいるっていう雪の国にあの騎士の国までもが同盟に参加してるって聞いちゃあな。獣人の国の老人連中も真っ青だぜ。」
それも仕方がない話だ。
人間同士が手を組んだ、それは獣国の者たちにとって脅威でしかない。
「獣人はその話にはすぐには乗らなかった。当然だ、歴史が歴史だしよ。だから獣の国は使者を送ることにした。獣人が害されることはないと、信じるために。」
同族思いの獣人にとってそれは苦渋の決断だった。
獣人は生きているだけで人間によってその存在を脅かされる。
人間と手を取り合うことで確かに安全を手にすることができるかもしれない。
それでも歴史が、祖先が、感情が、選択を惑わせる。
「だから俺たちはこの国にいる。その提案をしにわざわざ獣人の国にまで来た王様の国に。平和なんてものを信じちゃぁいない獣人にそいつは目を輝かせながら言ったらしい、世界は広いと。北の大陸に閉じこもった獣人に、俺たちがどこかに忘れ去ってしまっちまった憧れを、そいつは再び獣の人に理想を魅せた。」
かつての獣人の理想。
迷い人、とはいえ人間であったその者たちと過ごした時間。
この世界の人間に対抗するためという理由だったとしても、お互いを支えあって助け合った。
その日々を獣人は人間の行いの歴史と共に祖先に語り継いだ。
「でもよぉ、失敗しちまった。」
「……いや、待ておかしいだろ。ついさっき言っていたはずだ。信用するために獣人がこの国にいて、それが失敗したというのなら獣人はこの国にはいられないはずだ。」
「贖罪のためだ。」
「いったい何の?」
「――――この国にいた獣人はこの国に対して戦争を仕掛けちまったのさ。今この村にいるのは皆その時の生き残りだ。」
「……は?」
贖罪と語った大男の目は嘘をついたようには見えなかった。
獣人が人間を憎む気持ちは理解できる。
それでも平和を望み人間に歩み寄ろうとしたことも理解できる。
それでも獣人がおこしたという戦争、その贖罪のために獣人が星の国に残っているという事実を語る男の言葉がナナシには理解ができなかった。
「理解できねぇ、って顔だな。…当然だな。でもよぉ、戦争を仕掛けたおrwたちを最後に救ったのはこの国の王様だった。この国の王が獣人の国で語ったように、獣人を守りたいって言葉に嘘はなかった。だが、獣人は愚かだった。仲間思いのやつらは自分たちを、同族を思うあまりに失念していた。人間にも同じような感情があるんだとよ。」
人間は敵だ。
獣人を貶める愚かな生き物だ。
迷い人との過去を夢見るあまりに今の人間たちのことを正しく見ることはしなかった。
それでも獣人は贖罪のためにこの国に残った。
愚かな生き物だと断じた人間の国にいる。
獣人に愚かな行いをしたと、間違いだったと――――
人間の可能性を、この国の人間たちは獣人に見せたのだろう。
「この国の王は約束を守った。。争った歴史がある、でもそれは人間たちの祖先がやったことで、獣人の祖先がやったこと。犯した罪がある、それは俺たちがやったことで、それを償わねぇで生きていけるかよ。胸張って明日なんか生きてらんねぇぜ。」
星の国の王は獣人と生きていく未来を守った。
約束を違えることをせず、獣人の未来を守った。
「……もう十分だ。もう十分に憎みあった。――――誰だって平和に暮らしたいってもう知っている。」
大男はナナシを見つめ問う。
「だからこそお前さんに聞かなくちゃならねぇ。何も知らねぇっていうお前さんが、人間の行いを知って、俺たちの罪を知って、この村で生きていこうって思えるか?」
テムズは真剣な面持ちだった。
人間と共に歩む未来、それを獣人は望んでいる。
それを知ってるからテルはこの村に連れてきたのかもしれない。
「自分は何も知らない、歴史も、自分のことさえも。迷い人かなんてわからない。それでもこの村にいさせてくれるというのならありがたい。それに自分はこの村以外に行く場所がないからな。」
思い上がりかもしれない、それでも望まれたことをしよう。
それが救われたものの責任だと思うから。
――――答えは決まっている。
「どうか自分をこの村にいさせてほしい。」
「……そうか。っふ、がははははは!おかしなやつめ、歓迎しねぇぜ、ナナシ!」
「そこは歓迎しないなのか?」
「あったりめぇよ!俺たちゃこの国じゃお尋ね者だ。俺らと一緒にいたらお前さんもそうみられちまうぜ。」
「今更だろ、本当に迷い人なのだとしたら自分はこの国では獣人同様お尋ね者なのだろ?」
「ああ、そういえばそうだな。」
大声を出して笑う大男は、先ほど話をしていた時とは表情が違い穏やかなものだった。
「んじゃ、まぁ、これからよろしくな。俺はテムズ。いちおうここでは村長をやっている。」
テムズはその大きな手を差し出した。
手のひらを握れということだろうか、どうもそれがここでの挨拶のようなものらしい。
ナナシは指を握り握手を交わす。
「ああ、こちらこそよろしくテムズ。」
テムズと握手をしたとき、家の扉が開き外から大勢の獣人が流れいる。
「おめぇらなぁにしてんだ?」
「いやぁ、外にまで村長の声が聞こえてきたもんで……」
「そうそう、話し合いが上手くいったのかなぁって。」
どうも獣人は外で聞き耳を立てていたらしい。
獣人は迷い人かもしれないナナシを、獣人の助けになってくれるかもしれない人間を歓迎した。
そうして、ナナシがこの村で暮らすことを知った獣人たちよって宴が催されることになった。
ナナシのもとを訪れた獣人の皆がありがたそうにその手を握った。
「よぉ、大変だな。大人気じゃねぇか。」
「テルか。おかげで飯を食べる暇もないよ。まぁ、嫌というわけではないが。」
「一つだけ、聞いていいか?」
「いいぜ、何もいわずに連れてきた詫びだ。一つだけ答えてやるよ。何でも聞きな。」
「テル、お前はどうして自分にそこまでしてくれる。倒れていた自分に声をかけてまでどうして助けてくれた?」
「……さぁな?村に連れてきたかったっていうのは本当だぜ?でも、あれじゃねぇか?倒れていた惨めな人間を見て哀れに思ったとか?あー、つまり慈悲的な感じの――――」
何でも聞いていいと言った割にはえらく曖昧な返答が返ってきた。
誤魔化されているような気はするが助けてもらった事実に変わりはない。
でも、一つだけどうしても言わなければいけないことがあってテルに理由を聞いた。
「助けてくれてありがとう。最初に合えたのがテルでよかった。」
「――――っな!?」
顔を背けられたのでよくは見えないが耳を赤くしてる様子を見るに照れているのだろうか.。
いつも話していて掌で転がされているような気がしたが不意打ちを食らわせようという魂胆はなかったので困惑する。
どうも感謝の言葉はテルにとって会心の一言だったらしい。
相当悔しかったらしくこちらを向いたテルの顔は今まで見たことがない顔をしていた。
夜は更け、星が光を取り戻しても宴は続いた。
亜人たちは声を上げ、皆楽しそうに笑う。
テルにあってこの村に来られたことを本当に良かったと、心の底からそう思う。
「さすがに腹が減ったな。」
思えば朝から何も食べていなかった。
近くにあった肉を手に取り口に入れた。
「おいしいな、何の肉だ?」
テルの顔を見て問いを投げる。
――――あ、れ?
どうゆうわけか目がぼやける。
胃痛もするし、気分が悪い。
「どうした?お前顔色が悪いぞ。」
「い、や?疲れが出た……ようだ?」
ナナシは突然目の前が真っ暗になり意識を失った。