【書籍化記念番外編】資料閲覧中にて!!!
書籍発売翌日記念です。
昨日より発売しております。
コミカライズは5/26から連載開始です。
宰相視点です。
この国──リィーリム皇国は、代々『妃選び』をおこなっていた。
五十人ほどの妃を後宮に集め、その者の中から皇帝が生涯の伴侶を決める。
それが古くから続く習わしである。
約二十年前に先代の皇帝は、その習わしに則って生涯の伴侶となる『最愛』を決めた。
そして、現在のリィーリム皇国皇帝エルクウェッド・リィーリムもまたその習わしに従い、近いうちに『妃選び』をおこなうこととなる。
ゆえに多くの民衆は口々に言った。
楽しそうに。
確信をもって。
あの賢帝なのだから、大波乱になること間違いなし、と──
♢
時刻は昼前。宰相は執務室で、一つの資料に目を通していた。
それは妃候補である、とある少女に関する資料だ。
その少女の名は、ソーニャ・フォグラン。
近いうちに、彼女の元に訪ねる予定であったため、再度その情報を頭に入れておこうと、資料を見返している最中であった。
宰相は、片眼鏡をかけて、ゆっくりと文字が並ぶ紙の束をめくっていく。
妃候補の選定にあたり、後宮入りが可能かどうか大勢の貴族令嬢が事前に調査された。
年齢が十六歳以上ならば、全員がその資格を有しているが、後宮入り出来る人数は基本的に五十人とされている。
各地から集められた情報を精査、吟味し、結果的に五十人の妃候補が決定した。
そして現在その四十九人目までが、後宮入りすることを了承している状況であった。
最後の一人であるこの少女も後宮入りを承諾したならば、いよいよ妃選びに向けて準備も大詰めとなってくる。
このまま順調に事が運べば、彼女たちが後宮にて一堂に集まるのは、来年になるだろう。
頭の中で現在の計画に粗がないか確認しながら、彼は書類に書かれた文字を追った。
ソーニャ・フォグラン。
フォグラン男爵家の一人娘。十五歳。
性格はやや控えめかつ真面目。
趣味は読書、特技は明日の天気を当てること。
目立った経歴は特に無し。
また、皇妃としての適正は――
実は正直なところ、大多数の者からしてみれば、見れば見るほどに彼女の情報は『普通の少女』そのものだった。
何とか他者と違う点をあげるとしたら、その年齢くらいだろう。
現在の皇帝――エルクウェッドは、二十二歳。
そして、七歳下を誰彼構わず好むという噂があったのだ。
どうやら七歳下の者と出会うたびに、どのような場合であっても何故かその者に真剣な視線を向けることから、そう言われているらしい。
宰相としては、残念ながら現場に居合わせたことがないためその噂が真か嘘か判断しかねるところであったが、そのことについて考慮しないわけにはいかない。
妃選びは来年の予定。なら、来年で十六歳となる者も候補に入れる必要があった。
噂が本当ならば、彼女が『最愛』となる可能性も捨て切れないだろう。
――まあ、十六歳の妃は他にもいるし、噂が嘘の場合も十分あるのだが。
それに、あの彼が刹那的な選択をするとも考えにくい。
しかしそれとは裏腹に宰相個人としては、今回は誰が『最愛』となってもおかしくはないと考えていた。
基本的に、歴代の皇帝は上位の妃たちを『最愛』に選んだ。
けれども今代の皇帝はその「基本」には当て嵌まらない存在である。
その認識は、多くの者たちから受けた評価からも明確であった。
人々は期待しているのだ。
そして何より自分自身も――
今後のことを考えれば考えるほどに年甲斐もなく心が踊ることを宰相は自覚していた。
彼は、密かに「現状を楽しんでいる自分」を楽しみながら、さらに資料をめくる。
そこには、少女の過去の出来事について記されていた。
この少女を妃候補に選んだのは、宰相自身である。
今回、彼が選定できた枠は全体の半数しか無かったが、それでも彼はこの少女を妃候補として選んだのだ。
その理由がそこにあった。
まあ、と言っても――
「恥ずかしながら、そこまで大したものではないのですけども」
宰相は「自分以外にとっては」と、ひとり呟くようにして言う。
彼の持つ少女の印象は『運が良いのか悪いのかちょっとよくわからない』であった。
――六歳の時、一週間滞在した隣の土地の領主の館にて、殺人未遂事件に遭遇。被害者は少女自身であり、偶然にも犯人が土壇場でボロを出して取り押さえられ、無事であった。
――九歳の時、名前が似ていたせいで見習いの殺し屋にターゲットだと間違えられる。本当のターゲットはソアニャ・フォアフォアさん。その後、何故か運良く助かり、殺し屋は「いや全然違うやんけ! お、お嬢ちゃん、ごめんよぉ〜」と泣きながら自首したため、無事。
――十歳の時、領地内の整備された川で何故か溺れかける。余談だが救助された際に、近くの護岸にて偶然深刻な老朽化が見つかる。もしも気づかなかったら、一月先の雨季の際に決壊していたかもしれなかったと言う。
その他にも、彼女の運が良いのか悪いのかよくわからない出来事が、資料にはいくつか綴られていた。
世界には大勢の人がいる。
中にはよく災難に遭う人だっているだろう。
故に可能性としては決して有り得なくはない。
しかし、この国では、その可能性の幅がとある事情によって跳ね上がる。
「もしかして、【運が良くなる】祝福と【運が悪くなる】呪いの持ち主なのかもしれませんね」
国立研究所が公開しているごく一般的な事例リストの中にそのようなものが確かあったはず、まあ話に聞いていたものよりやや変則的ではあるが……と思いながら宰相はするりと髪を撫でる。
かなりの老齢にもかかわらず、白髪一つないふさふさの黒髪は、長年の彼の努力の結晶と言ってもいい。
何故なら彼は【初対面の異性に対しておもしれー女と言うと、異性に好感を持たれやすくなる】祝福と【初対面の異性に対しておもしれー女と言わないとハゲる】呪いの保有者であったからだ。
ちなみに若かりし頃に盗賊に遭って身代金目当てで拘束された際に、盗賊の女頭領に臆さず「おもしれー女」と縛られた状態で大胆不敵にも告げたら、真顔で頭をすぱんと叩かれてそのまま身代金の額を一人だけ五倍に増やされた過去を有していたりもする。完全に余談だが。
妃候補の調査時には、少女の二つの力は判明しなかった。
ならば訪問の際に二つの力について公表するかどうかの意思確認もした方が良いだろうと考えながら、資料から一旦目を離す。
今し方読んでいた少女の過去の出来事は、エルクウェッドに伝える予定のない情報だった。
そして、その情報に目を通して改めて思うのだ。
「……やはり、何だか『真のおもしれー女』の予感がいたしますね」
そう、おもしれー女。
彼が少女を選んだ理由は、資料を読んでいると無性におもしれー女のような気がしたから。
それはただの直感のようなものだった。
根拠などない。
しいていえば、長年の経験則であるが、それでも確証と呼べるものなどでは到底無かった。
しかし、宰相が予感した一番目の妃となる女性や二十五番目となる少女等は、直接会った結果その通りであったため、自分の中で半ば確信を抱いているのも事実である。
資料から読み取った限り件の少女は、普通の少女だ。
有している二つの力について仮に推測が当たっていたとしても、特段珍しいものではない。
過去の出来事の際には、何故か一度として取り乱すことが無かったとのことで、その胆力は評価出来ようが、やはりそれでも非凡とは言い難い。
それに彼女が妃となった場合、この国にどのような利益をもたらすのかということについて考えたなら、おそらく彼女より適任の者は数多くいることになるだろう。
――けれど、もしも本当に彼女が『真のおもしれー女』であったなら?
その言葉は、宰相にとって特別な意味を持っていた。
そして、己の過去の実体験からして、きっと皇帝となったエルクウェッドにとっても特別な存在となるに違いないとも考えている。
「――この国を想うのならば、たとえ五十番目であっても才能や家柄で本来選ぶべきなのでしょうね」
だが、そうしなかった。
選んだのは合理的でなく、非合理的な方。
前者については、自分以外の選定権を持つ者に任せることとしよう。
だから、自分は今回後者を選んだ。
知っているからだ。身をもって。
時には、運命の悪戯とも言える事象が起きることを――
本当ならばツルツルのピカピカとなっていたはずだった自身の頭部のことを想う。
かつて、一人の女性を前にしておもしれー女と言わずにハゲることを決めたあの時のことを思い出しながら――彼は己の直感を信じ、国のためではなくエルクウェッドのためを考えて妃の選定を行なったのだった。
♢
――そして約一年後、宰相の予想通りソーニャ・フォグランは、エルクウェッド・リィーリムにとっての『真のおもしれー女』となる。
彼の考えは結果的に正解であった。
それ故に、彼は後日――無事開催された二人の婚姻の式典の際にほろりと涙を浮かべながら、微笑と共に呟くのだった。
「――ああ、やはり……。おもしれー野郎には、おもしれー女がとてもよく似合っておいででございますね」
今後とも本作をどうぞよろしくお願いいたします。




