【書籍化記念番外編】新たな自室にて!!
書籍発売当日記念です。
本日発売です。
よろしくお願いいたします。
ヒロイン視点です。
――私が後宮を出て一日が経過した。
今いるのは、宮殿内の一室。
急遽用意してくれた上に、どうやら皇帝陛下の自室に近いらしい。
そのような部屋に私は現在、保護されていた。
室内には調度品の類はほとんどない。
おそらく前までは綺麗に並べてあったのだろう。
けれど、私の死因となる可能性があるかもしれないということで、どうやら一旦全て撤去してしまった感じのようであった。
『後日、貴様が暮らしやすいように改善する。悪いが、少し待っていてくれ。無論要望があれば、それにも応えるつもりだ』
彼は昨日そう言っていた。
けれど、今でも十分暮らしやすいと思っている。
後宮の一室でさえも、正直自分一人で暮らすには広いし豪華で落ち着かないと思っていて、持て余し気味ではあったのだ。
勿論この部屋も負けず劣らず広い。しかし「後宮の自室よりは少し落ち着くかな?」という感想だ。
なので、昨晩は環境が変わってもあまり緊張させずに眠ることが出来た。
そして、ベッドから起き上がると、ぼうっとしながら、自然と物思いに耽ってしまう。
頭の中で色々と考え事をしてしまうのだ。
特に考えるのは、今後辿るかもしれない『もしもの話』だ。
たとえば『良いもしもの話』を考えたり、『悪いもしもの話』を考えたり。
過去にばかり戻っていた私は今、皇帝陛下のおかげで未来に進んでいる。
だから、思ってしまうのだ。
私は今後どうなるのだろうか、と――
♢
「――無事か、娘。ちゃんと生きているか」
侍女の人たちが着替えや食事を運んできてくれてしばらく経った後、皇帝陛下が訪ねてきた。
その背には複数の兵士を伴っていたが、「邪魔するぞ。いいか?」と言って入室したのは彼一人だけであった。
「はい。無事に生きております、皇帝陛下」
「それなら、良い。眠れたか?」
「お気遣いありがとうございます。十分に睡眠をとることが出来ました」
彼はやや安堵した様子で「そうか」と頷いた後、「朝早くで悪いが、この後時間をくれ」と私に告げるのだった。
「昨日のこともあって十二分に休息を与えてやりたいところだが、そうも言ってはいられん。今日、貴様は殺される予定のはずだ。それを防ぐために話し合いたい」
どうやら彼の用事は、私の死を回避するための相談であったらしい。
今日、私は死ぬ。いや、死んだのだ。
他の妃から階段を突き落とされて。
確か、相手の位の大きさは十三番目だったか。
けれど、あの時とは状況が大きく異なっている。
だから、彼は私の元を訪れたのだろう。
何度も死を経験してきた当事者である私の声を聞くために。
「昨日、貴様から聞いたこと以外で、何か思いつくことがあれば何でもかまわん。話してくれ。私も考えたことを可能な限り話す。貴様の意見を聞きたい」
私は頷く。
そして「そうですね、おそらく今回のようなケースですと――」と、言葉を続けたのだった。
♢
――向かい合わせでテーブルを挟み皇帝陛下と私の二人で話し合ってから、十五分ほどが経過した。
その頃になると、今日の方針は概ね決まってしまったのだった。
私が口を開くたびに皇帝陛下が相槌を打ちながら、「なるほど、ならこうするか」、「まあ、過去の経験からそうなることが多いのなら、仕方がないな。許容しよう」と、即座に考えをまとめてしまったからだ。
「――まあ、とりあえず今日についてはこれでいいだろう。不測の事態が起きた場合は、全てアドリブになるだろうがな」
彼は「おそらく大丈夫だろう。任せておけ」と、告げる。
「今日、問題なく対処出来たなら、明日も同じように対処するとしよう。それと娘、何度も言っているが、どんな状況であろうと貴様は自身の命を最優先に動け。進んで死のうとするなよ?」
「ええと、それは分かりましたが……」
不測の事態。
それが起きた場合、昨日のように皇帝陛下が急に変な声を上げたり、変な特技を披露してしまうことになるのではないか。
そう思ってしまうと、ちょっと頷きにくい。
「どうした」
「あ、いえ……」
私は慌てて「はい! 善処します!」と首を縦に振った後、「そういえば」と話題を振って有耶無耶にすることにしたのだった。
「その、現在私の扱いはどのようなことになっているのでしょう。問題なければ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「貴様の処遇のことか。それなら今、貴様を正式な皇妃として認めるように多方面に働きかけているところだ。少し時間はかかるだろうが、近いうちに承認されることだろう」
どうやら私が皇妃となる手続きは着々と進んでいるらしい。
「反発とかは……起きてはいないのでしょうか?」
「まあ一部では、起きているだろうな。だが、それも宰相が収拾してくれるだろう」
皇帝陛下は、どうやら全く心配している様子ではなかった。
そこに不安は一抹もないように見えた。
でも、私は――
「不安か?」
「そう、ですね……不安ではないと言えば嘘になります」
私は五十番目の妃だった。
おそらく過去にこの国の皇帝が最下位の妃を選んだことなど無かっただろう。
でも、彼は私を『最愛』に選んだ。
五十番目の妃が私だから、選んでしまった。
おそらくこの国には。
彼には、もっと相応しい相手がいただろうに。
だから、思ってしまうのだ。
今後、どうなってしまうのだろうか――と。
「心配はいらん。貴様を選んだことについて、やや破天荒だったかもしれんが実のところ法には何ら違反していない。正当なものだ」
「そうなのですか……?」
「そうだ。そして違法でないなら、他者が異議を通すにはそれなりの覚悟を要する。何せ法に則った正式な手続きを覆そうとすることになるのだからな」
彼は、そう説明した。
けれど、私の心はどうしてか晴れない。
気がつけば、言葉を重ねてしまっていた。
「そ、それでも、万が一のことが起きたなら――」
「その時は、その時だ」
皇帝陛下は、大したことが無さそうに言うのだった。
「失敗したのなら、その失敗を次に活かして、挽回すれば良い。当然、生きたまま、でだ。わざわざ死んで巻き戻るほどのものではない」
死ぬ必要は無いのだと彼は言った。
そして、私を安心させるように彼は笑う。
「そうだな、もしも宰相が珍しくしくじった場合の話をしよう。奴は、有力貴族たちを珍しく説得出来ず、それにより大衆も貴様を皇妃とは一切認めない。そんな未来となったなら、奴は責任をとってツルピカとなり、再度妃選びが始まるかもしれんな。貴様はまた後宮に戻って毎日死に、私は毎日ブチ切れる。おそらく、そうなる未来もあり得るだろう」
それは、私が以前に想像した『悪いもしもの話』そのままだった。
やはり、場合によってはそうなってもおかしくはないだろうか。
そう思っていると、彼は「だから」と、言葉を続けるのだった。
「それは私にとって最悪の事態だ。そうならないために現在動いているのだが、もしもそうなってしまった場合――」
彼は至極真剣な顔で告げるのだった。
「私は、影武者を用意して、妃の一人として後宮に潜入する」
――え……?
「こ、皇帝陛下……? それは一体……」
「公務は影武者に任せて、私自身も後宮入りするということだ」
いや、そういうことを聞いているわけではない。
突然の謎の計画をカミングアウトされて、困惑していると、彼は詳細を説明し出すのだった。
「無論、あの暗殺者共のような形では無いぞ? 新規でもう一人、妃の枠を正式に設けてもらう形にするつもりだ。そこは強引に実現させる。でないと何も始まらんからな」
いや、始めてはいけないだろう……。
私は、驚愕することになる。
何故なら、もしも妃選びがやり直しになったなら、皇帝である彼が五十一番目の妃として、後宮入りすると言っているのだから。
無茶苦茶すぎる。
「安心しろ、そう簡単に他の妃に遅れを取るような真似はしない」
それは安心していいのだろうか。分からない……。
「不用意に離れるわけにはいかんからな。当然、そうなる。そして貴様が死なないように護衛して、同時に貴様を『最愛』に相応しいと大勢の者が思えるような功績をいくつか積ませることにするか。貴様が未修だった妃教育もついでに指導してやる」
「え、えぇと、それは……とても有り難いとは思いますが……」
反応に困る発言だ。
そう思っていると、彼は「まあ、それでも駄目ならば――」と次に衝撃的なことを言うのだった。
「――私自身が『最愛』になる。それしか無い」
もう、訳が分からなかった。
♢
その後、私は彼から「一度自分が自分の『最愛』になったなら、それを打ち明けてまたリセットして、それを貴様が『最愛』になるまで続ける。不本意だが、根気比べに自信があるからな」と教えられる。
そして、その時になると、不思議と私の中の不安は消えていたのだった。
……まあ、その代わりとして、別の不安が現れてしまったのだけれど。
私の長年のループによって無意識のうちに、手塩にかけて変な人に育成してしまっていた皇帝陛下を普通の人に戻せるのかどうかという不安が……。
あと1話!




