【書籍化記念番外編】誕生日パーティーにて!
書籍発売前日記念です。
久々に投稿させていただきます。
どうぞ本作をよろしくお願いいたします。
一般人視点です。
落ち着いた雰囲気の音色がホールに流れ、その中で人々は楽しげに談笑していた。
今日は、リィーリム皇国皇太子エルクウェッド・リィーリムが十六歳となる日だ。
宮殿の一角に設けられたエルクウェッドの誕生を祝うパーティー会場には、現在様々な肩書きを持つ者たちが出席していた。
ある者はこの国の有力貴族であったり、またある者は他国の重鎮であったり。
しかし皆が皆、権力者ばかりというわけではなく、最近名が売れてきた音楽家や陽気な態度の人気小説家、誉高き他国の騎士等、国を跨る知名度を持った著名な人物たちも数多く招待されているのであった。
そんな中、エルクウェッドの誕生日パーティーに招待された者の一人である、とある雨国の王太子は、ひたすらに感心していた。
彼の視線は、招待客と挨拶を交わすエルクウェッドに向けられていたのだった。
「――はあ、なるほど、なかなか堂に入った物腰だ。かなり場数を踏んでいるようだな、あれは」
彼は、給仕をしている通りすがりの使用人からもらった果実酒に口をつけながら、この国の皇太子を評価する。
先程からエルクウェッドは、挨拶に訪れた他国の要人たちと言葉を交わしていた。
無論、ただ自己紹介をするだけではない。
世間話程度だが、談笑も交わしている。
しかし、大半の人間はそれだけで、顔面が蒼白となるだろう。
国の代表者として訪れた彼らから受けるプレッシャーは並大抵のものではないのだから。
だが、エルクウェッドの様子は平静そのもの。
顔色は何一つ変わっておらず、むしろその所作からは大きな余裕さえ見て取れたのだった。
海千山千の者たちを相手に、臆することなくはっきりとした受け答えが出来ている時点で、この国の皇太子は、次代の為政者として十二分に教育を施されている。
彼は、そう判断した。
ゆえに、驚嘆する。
「十六、そうかまだ十六か……。末恐ろしいな」
そう、若い。
その若さで、この落ち着き様。ならば、十年後は一体どれほどのものとなっているのか。
先の未来を想像して、「……最近の若者は成長が凄まじいな」とひとりごちる。
「――確か、大衆からも多大な支持を得ていたな。なら、皇帝の座に就くのは、二十代前半となってもおかしくはない、か」
彼は若き皇帝の誕生を予想する。
そして、もうじき三十の齢となる彼は「そういえば、うちの父はいつになったら、王位を譲ってくれるかねぇ」と思っていると、唐突にエルクウェッドが辺りを見回した後、こちらに視線を向けてきたのだった。
それを見て、雨国の王太子の彼は、内心「無遠慮に見すぎたな」と即座に視線を外した後、反省しながらも果実酒の入ったグラスを飲み干す。
そして、テーブルにそれを置いた後、「では、お先に失礼する」と周囲に声をかけて、エルクウェッドに向かって歩みを進めるのだった。
おそらく自分の挨拶の番が来た。そう判断して。
現在エルクウェッドの前には誰もいない。
隣には警備の兵士長と思われる人物が立っているだけである。
なら、挨拶を行なっても構わないだろう。
無遠慮に視線を向けたことについても、その際に一言謝っておけば問題はないはずである。
そう考えていると、視界に映るエルクウェッドの姿に突然、変化が起きた。
主催者として振る舞っていた彼は、今の今まで一定の場所から動くことはなかった。
しかし、今、こちらに向かって足を踏み出したのである。
しかも、走り出す形で。
――は?
雨国の王太子の思考と足が、止まる。
当然だ。何故か、エルクウェッドが、現在こちらに向かって全力のような速さでダッシュしてきたのだから。
そしてそのまま、
「やっぱり、最低だなッ!! チクショウめェェェェッ!!!」
……怒声と共にドロップキックを繰り出してきたのだった。
――は?
迫り来る両足の靴裏を見ながら、再度、思考が固まる。
だが数瞬後、それに直撃したのは自分ではなかった。
ちょうど隣で背を向けていた他国の要人の一人である男だ。
「フグゥ!」
彼の隣にいた不運な男が、変な声を上げながら吹き飛んでゴロゴロと床を転がる。
彼は、それを目で追う。そして、思った。
――えっ……?
と。
一体全体何が起きたというのか。いきなり、この国の皇太子であるエルクウェッドが他国の要人をドロップキックで蹴り倒すなんて……。
先程まではこの国の次代統治者に相応しい振る舞いをしていたというのに。まるでその落ち着き等、嘘であったかのような暴挙に突然出たのである。
どうした急に。多重人格者か何かなのかこの国の皇太子は。
いや、それに、今後どうするつもりなのか。このままでは間違いなく大問題になってしま――
だが、そこで終わらなかった。
エルクウェッドが追撃に入ったのだ。
「――アアアーあぁッ!!!」
倒れながら「フ、フグゥ……ば、馬鹿な……なぜ気づいた……フグゥ……」と呻く男に、奇声を上げながら素早く組みつく。
そして、そのまま衣服を含めたその他諸々を力尽くで剥ぎ取り始めたのだった。
「ちょ、殿下ッ!? 何をなさっているのですか!? いけません、殿下!! 殿下ァ!!!」
警備の兵士長と思われる悲鳴が上がる。
だが、エルクウェッドも負けじと奇声を上げた。
「アァーッッッッ!!!」
「どこからそんな声を出しているんですか殿下ァ!!」
兵士の男が叫びながら慌てて周囲の部下たちに「すぐ引き離すんだ! 急げ!」と、命令する。
その後、すぐさま近くにいた兵士たちが次々とエルクウェッドと倒れている男に群がるのだった。
「で、殿下! 正気に戻ってください! 一体どうしたって言うんですか!!」
「ちょ、殿下、なんで衣服以外にも先程からその方の頭髪を執拗に狙っているんですか!? だ、ダメですって! たとえソレが本物じゃなかったとしてもダメですって!! 堪忍してあげてくださいって!!」」
「お願いですから、色んな意味で危ない状況ですので今すぐ離れてください!! もしものことがあったらどうするんですか、色んな意味で!!」
「いや、本当に離れてくださいって! この方、もしかして暗殺者かもしれないって話でしょう!? なら、むしろ近づいたら駄目でしょう! 離れてくださいよっ!?」
「なっ、あれ!? 殿下の力が強くて剥がせない!? この人、ひっつき虫に弟子入りでもしたのかよクソッ!!」
どうやら他国の要人の男の抵抗に加えて、兵士たちが止めに入ったとしても、エルクウェッドはものともしない様子であった。
「――ちょっ、見えてます! 殿下! 殿下アアアアアアアアアアアア!!!!」
そして当然ながら、会場は騒然となる。
「…………」
雨国の王太子は、その光景を目の当たりにして、言葉を失うほかない。
そして――兵士たちを振り払いながらエルクウェッドが他国の要人の男のカツラを野獣のような咆哮と共に力尽くでもぎ取った――ところで、現在起きている異常事態から距離を置くようにして、彼は無言で後退するのだった。
そして、壁際で呟く。
「……え、えぇ、何これぇ……?」
――暴れる主催者。
――必死になって止める兵士たち。
――どんどん脱皮していく他国の要人の男。
何だこれは。何なのだこれは。
とんでもない状況に出会してしまった。
そして、彼は「……最近の若者はよく分からんが、色々と凄まじいんだな……」と思考を放棄することに決めたのだった。
♢
――後日、なんやかんやあってエルクウェッド(どうやら酔っ払っていたらしい?)がシバき倒した相手が他国の要人に化けた暗殺者だと判明する。
それを知った雨国の王太子は、「いや! 末恐ろしすぎだろ!!」と叫びながらドン引きする羽目になったのだった。
あと2話!




