後日談(エピローグ)
現皇帝エルクウェッド・リィーリムが、『最愛』を決めた後、人々はその伴侶となった少女について、数多くの推論を立てた。
――何故、五十番目の妃であった彼女が、皇帝に見初められることとなったのか。
そのことについて。
何しろ、後宮にて皇妃選びが始まってから、一ヶ月と経たずして、『最愛』が決定したのだ。
かつて無いほどの異例の早さである。
そのため「歴代の皇帝は、基本的に二、三年かけて決めていたというのに、なんてスピーディーなんだ、流石陛下だ」と称賛の声も有れば、「えぇ、早くなぁい……?」という困惑の声もあった。
しかも、それは順当に考えて二十八番目の妃と行動を共にしている時であるのだから、話題にならない方がおかしい。
皇帝の彼が、五十番目の妃とまともに言葉を交わす機会など、後宮入りした当初の顔見せの一回だけであるはずなのに。
まさか、その一回で彼女に決めていたのだろうか。
不意に一目惚れをしてしまって――
そのような声を上げる者もいたが、しかし、ある者はいいや違うのだと、異を唱えた。
おそらく、皇帝と五十番目の妃は、以前から顔見知りであったと考えている者たちだ。
幼少期から互いに愛を誓い合っていた仲だから、迷わず彼女に決めたのだと。ロマンチックでは無いかと。
けれど、さらに前述したその二つに対して異論を投げかける者もいた。
――てか、単に、皇帝陛下が、年下好きなだけだったんじゃね?
と。
皇太子の頃から、どうやら宮殿内では、皇帝の彼が七歳下の者を男女構わず好んでいたという噂が流れていたらしい。――なら、そういうことでは? ということであった。
そして、少しばかり時間が経てば、次第に三番目の説が最有力候補となっていく。
現在の皇帝は『賢帝』と名高く、彼の選択は常に正しかった。故に、彼女には何かあるのだろうと考えられていたが、しかし、如何せん当時は大した情報も出ていなかったため、人々は娯楽性の高い説を推すようになっていったのだ。
何かその方が面白そうだから、と。
よって途中から現れた「もしや、二人の『祝福』と『呪い』が、何か関係しているのでは?」という、ごく少数が発した意見は瞬く間に流されて消えていく。二人の『祝福』と『呪い』が、未公表であったことが一番の要因だろう。
――そうして、人々は皇帝となった彼と皇妃となった少女について、様々な噂を立てながら、一ヶ月後の式典を待ったのだった。
そして、彼らはついに、二人の姿を目撃する。
その後、彼らは「なるほど、何となく分かってきたぞ」と、納得するのだった。
皇妃となった少女は、大勢の者に囲まれても、そして海千山千の権力者たちから言葉をかけられても、何一つ物怖じすることなく、自然体を貫いていた。
さすがに肝が太すぎる。
本当にあれが、男爵家の娘なのだろうか。
そのように疑う者まで現れた。
あのような場ではたとえ歴戦の兵士であっても、緊張するだろうに、何故ああまで平静なままでいられるのか。ちょっと訳が分からない。
だが、
――どうやら、皇妃としての肩書を持つに値する程度の器は有しているらしい。
ならば、今後の活躍を期待しようではないか。
それによって、彼女を見定めることとしよう。
たとえ一つ功績を上げようとも、生半可なものでは駄目だ。
何しろ比較対象は――あの『賢帝』なのだから。
そのように、一部の者たちは考えていた。
そして、その彼らは式典から一週間後――口を大きく開けて驚愕することになる。
皇妃が早速、功績を成した。
それも、一度ではない。
一週間で十回も、だ。
そして、そのどれもが驚くべきことに今までの皇帝の偉業には並ばずとも、それに近しい価値を有していたのだった。
その功績を一部紹介するならば、
――国宝の盗難事件が発生した。迷宮入りしかけたその事件を皇妃が解決したことにより、後日『ソーニャ妃、名探偵事件』と名付けられる。ちなみに、風の噂ではその助手は皇帝だったらしい。
――皇都の街中を馬車で移動中、突然暗殺者に襲われる。しかし、皇妃は悲鳴一つ上げず、むしろその者たちの助命を求めたことにより、後日『慈愛の聖女・ソーニャ様』と彼女は一部の者たちから呼ばれるようになる。ちなみに、風の噂ではその暗殺者を捕らえたのは、皇帝だったらしい。
――皇妃が何故か唐突にセミの幼虫の飼育を始めた。けれど、そのセミの幼虫を調べたところ、遥か昔に絶滅したとされていた、セミでありながら猛毒を有する非常に珍しい種であったことが判明した。それにより、『ソーニャ妃、幸運の女神説』と話題になる。ちなみに、風の噂ではそのセミの鑑定を行なったのは、皇帝だったらしい。
と、いうものであった。
おそらく、この勢いだと、今後も着々と増えていくだろう。
故に、誰もが彼女を認めることとなったのだった。
――あの『賢帝』の伴侶に相応しい。
と。
何せ、この一週間で彼女はもはや常人ではなく、あの皇帝に比肩する存在の可能性があるのだと、証明してしまったのだから。
そう、異論など出る暇もなく、彼女の地位は、即固まってしまったのだった。
そして、一方、当人たちはと言うと――
「おい、死ぬなァァ!! 生きろソーニャ!! 頼むから生きろォ!! 根性を見せろォ!! いいか、絶対に私を置いて死ぬんじゃ――アアーッッ!! またか、ふざけるなよ、さっき死を防いだばかりだろうが、チクショゥメェェ!!!」
「エルクウェッド様ーっ! 本当にちゃんと生きますので、お願いですから、どうか普通でいてくださいーっ! 変な声だけはっ! せめて急に変な声を上げるのだけはお止めくださいーっ!!!」
……そのように二人は、お互いに叫びながら、毎日のようになんかごちゃごちゃしていたのだった。
そして、今後もおそらくはそう有り続けるに違いない。
――いつか二人が本当の幸せを掴む、その日までは。
これにて完結となります。
最後までお読みいただきありがとうございました!!




