真・ちゃんとした後日談
――今日、晴れて式典が取り行われる。
そのため、宮殿の一部の区画である野外の大広場が一般開放された。
よって、大勢の民衆が、宮殿に押し寄せることとなったのだった。
彼らは、この日を待ち侘びていた。
――皆、気になって気になって仕方がなかったのだ。
人々は、前へ前へと進んでいく。
自らの目に二人の姿を焼き付けるために。
そう、歴代で最も優れた皇帝である『賢帝』エルクウェッド・リィーリム――そして、彼が選んだ、その伴侶の姿を。
そんな彼らを、周囲に配置された大勢の兵士たちが、目を光らせて、観察していた。
将軍自らが主導して、宮殿の警備を行なっていたのだった。
少しでも怪しげな素振りをすれば、迅速に取り押さえると、言わんばかりに、この日のために厳しい訓練を受けてきた兵士たちは、真剣になって周囲に目を凝らす。
先日の後宮での騒動によって、彼らにはもう油断など残っていなかった。
そうして万全な体制の状態で、式典は開始されることになる――
♢♢♢
「そろそろ時間だ」
待機室にて、白の礼服に身を包んだエルクウェッドは、隣に立つ同じく儀礼用の純白のドレスを着た彼女――ソーニャに声をかけた。
「はい、エルクウェッド様」
彼女は、しっかりとした声で返事を行う。
「もうここまできた。悪いが、後戻りは出来ないぞ?」
彼が問いかけると、ソーニャは「分かっています」と、目を伏せるようにして頷く。
「ここまできたのは、私の意思です。問題はありません」
彼女は、力強く告げる。
彼は「そうか」と、頷いた。
確かに、彼女がここに立っているのは、ほかならぬ彼女自身の意思であった。
何しろ、彼女は自らの『祝福』を利用すれば、いくらでも逃亡することが可能だったのだから。
けれど、結局そうはしなかった。
彼女は、エルクウェッドと共にいることに決めたのだ。
彼は、隣に立つ彼女の決意を静かに受け取る。
そして、その後、手を差し伸べた。
「行くぞ」
「はい」
ソーニャは、彼の手を取る。
それによりエルクウェッドは、思わず、反射的にレッサーパンダの威嚇のポーズを取りそうになったが、そこはぐっと堪える。
実は彼は昨日、予想外の反撃を受けており、致命傷になりかけたのだった。
故にまた反撃されてはたまらない。
それに、今はそのようなことをしている場合では無かった。
そう考えた彼は、今は余計なことを考えないように即座に頭の中でイメージトレーニングを始める。脳内で、自分と同じくらいの体格のパンダと全力で格闘しながら、彼はおもむろにソーニャの手を引いた。
彼女は、それを見て小さく笑みをこぼす。
――そして二人は、その後、間も無くして大勢の人が待機する大広場へと向かったのだった。
♢♢♢
人々は、大広場に現れた皇帝とその伴侶の姿を目にした瞬間、声を上げた。
それは歓声だったり、怒号だったり、感嘆の声だったり、奇声だったり。
とにかく、様々だ。
けれど、彼らは皆揃って、少しばかり遠くに見える二人の姿を目に焼き付けていた。
それだけは決して変わらない。
大広場には、民衆だけでなく、他国からの来賓者や有力貴族たちや二人に個人的に招待された者たちの姿もあった。
もちろん、その中には前皇帝や宰相、将軍や国立研究所の所長もいたし、何故かアフロ頭になってしまっていた剣士の男性や、過去のループで女装したエルクウェッドにメロメロになっていた敵国の王子も出席していたのだった。
そして、ソーニャの家族も当然ながら招待されている。彼らは、「え、うちの娘が? 何で???」、「我が妹よ、どうしたんだ、本当に??? 最強か?? 我が妹、最強か???」と、式典の当日となっても揃って混乱していたのだった。
二人は、周囲の者たちに対して、笑みを向けた。
そのまま皇帝とその伴侶となる少女は、常に毅然とした様子で、優雅に歩く。
皇帝の彼の立ち振る舞いは、常に堂に入っていたし、皇妃となる少女は、おそらくこれが初の晴れ舞台だと言うのに、何一つ緊張していなかった。
それを見て、大勢の者たちは、感心するように息を吐く。
人々は、若い二人に、この国の未来の姿を重ねたのだった――
♢♢♢
式典は、恙なくおこなわれた。
特に何も問題は起きていない。
そういえば、「そうならないように、準備しているから安心しろ」と、エルクウェッド様が昨日言っていたっけ。
なら、きっと安心だ。
彼の言葉は、いつだって正しいのだから。
私は、そう思いながら、隣に立つ彼の顔を見上げる。
私の手を取る彼の手は、とても優しく温かった。
彼の手に触れていると、心が安らぐような気持になるのだ。以前は、他人に触れることを躊躇っていたのに、彼のことだけは平気になった。
だから、緊張も何一つしていない。
私は、彼のおかげで安心して、妃教育での成果を発揮することが出来る。
そうして、彼の期待にきちんと応えてみせるのだ。
「──それでは、最後に婚姻の儀をとりおこなわせていただきます」
そのように、目の前からしわがれた男性の声がした。
どうやら、気が付けば、いつの間にか式典は、最後のところまで進んでいたらしい。
集中していれば、あっという間の時間だった。
若干、夢心地の気分となりながら、私は、目の前の法衣を身に着けた老人の男性に目を向ける。
その老人は、今日のためにこの国に訪れた友好国の教皇だったはずだ。
このような式典を催したときは毎回、招待しているらしい。基本的にそのような決まりなのだとか。
豊かな白いひげを蓄えた教皇様は、私たちに問いかける。
「エルクウェッド殿、貴殿は、病める時も健やかなる時も、ソーニャ妃と共に歩むことを誓いますか?」
それにエルクウェッド様、しっかりと頷いた。
「もちろん、常に一緒だ。地獄だろうと、どこだろうと、私はソーニャと共にあることを誓う」
そして彼は、私の目を見て、「当然、離れてなどやるものか」と、そう告げたのだった。
──エルクウェッド様……。
私は、目を閉じる。
次は私の番だ。
私は、彼のことをどう思っているのか。
きちんとよく考えて、答えなければならない。
けれど、その答えはすでに──
「それでは、ソーニャ妃。貴女は、死がふたりを分かつまで、彼と共に歩むことを誓いますか?」
目を開けた私は微笑みながら、自信を持って彼に告げる。
「はい。たとえ死んだ後も、エルクウェッド様とずっと一緒に歩んでいきたいと思っております──」
そう。今日という日を何度繰り返そうと、その答えは決して変わらない。
そのような気持ちで、私は答えたのだった。
そして、エルクウェッド様の反応は、
「……あ」
と、思った瞬間、私はあることに気がついてしまった。
――無意識のうちに、またやってしまった、と。
そう、自分の発言を反省することになる。
だって、それは――
♢♢♢
エルクウェッドは、隣に立つソーニャの言葉を噛み締めるようにして聞いていた。
次に、ソーニャと同じく柔らかな微笑を浮かべて、彼女に視線を向ける。
そして、
「おい、貴様。――だから何度も何度も何度も何度も死のうとするなと言っているだろうがああぁぁぁッ!!」
そう、彼は、「まぁた性懲りも無く貴様ーッ! おい! 貴様! おい! ふざけるなよォ、アァーッッ!!!」と、彼女にしか聞こえない程度の小声を保ったまま器用にブチ切れた。
それにより、隣のソーニャも「あ、いえ、これはその……ええと、はいっ、申し訳ございませんエルクウェッド様ーっ!」と、小声で彼に謝ることとなる。
……とまあ、やはりと言うべきか、そのような感じで二人は晴れ舞台となる式典にて、結局締まらない最後を迎えることとなったのだった――




