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ちゃんとした後日談 16

 吹き飛んで宙を舞ったエルクウェッドは、華麗に素早く受け身を取る。


 その後、彼は、即座に椅子を先程まであった位置に迅速に戻して、そのまま何事もなかったかのように、真顔で座るのだった。


 しかし、内心は決して穏やかなものではない。

 混乱の極みであった。


 彼は、息を整えながら、自身の心理を客観的に分析する。


 そして、戦慄した。


 ――馬鹿な。昨日よりも、格段に目の前の少女を好意的に見ている、だと……? 予想よりも、その段階に到達するのが早すぎる……。


 と、そのように。


 実は一昨日、エルクウェッドはソーニャのことを愛しているかもしれないと、勘違いすることがあった。


 その時に、ふと考えることとなったのだ。


 流石に、一週間やそこらで初めて会った異性に対して好意を抱けるほど、自分はチョロくない、と。


 エルクウェッドのメンタルは、特殊合金並みである。

 異性に対する好感度など、そう簡単には上がらないと彼自身、そう自負していた。


 ――けれど現在、彼女は自身の伴侶となったのだ。ならば、いずれ自分は、彼女を好意的に見ることになるのだろう。


 エルクウェッド自身としては、それは別に構わないと感じていた。

 嫌いな相手といても苦痛なだけなのだから、好ましい相手といる方が、絶対に良いに決まっている。当然だ。


 だが、


 ――メロメロになるのだけは駄目だ。


 彼は、そう固く決めていた。


 簡単に言ってしまうと、彼は、自身が尽くすタイプの人間であることを薄々ながらも自覚していた。


 つまり、惚れた相手をひたすら甘やかす可能性が高いということだ。


 いつしか自分の心が恋心に満たされてしまったなら――おそらく彼女のことを溺愛してしまうかもしれない。


 そのすべてを何の躊躇もなく肯定してしまうかもしれない。皇帝だけに。


 それはつまり、


 ――最悪、彼女が死ぬことを許容してしまうかもしれないのだった。


 正直言って、有り得ない話ではない。

 何せ、恋心というものは予想できないほどに恐ろしいものなのだから。


 彼自身、恋愛を行った経験はなかったが、かつて敵国の聡明な王子が女装した自身を巡って、自らの婚約者の女性に対して婚約の破棄を人前で宣言したことを彼はきっちりと覚えていた。


 恋は人を狂わせる。


 故に。


 ……それだけは、何としても阻止しなければならない。


 彼は必死に深呼吸を行なって、何とか落ち着きながら、思考を巡らせる。


 ……いつだ。

 一体、いつ、彼女に対する自分の好感度が上がるようなことがあった?


 彼女の微笑みを見て、ドキリとしたというようなベタなことは別に起きてはいない。


 もしや、あれか。

 趣味が死ぬことだと言われた時からか。あれは、確かにドキリとした。違う意味でドキドキだった。……ああ、なるほど……。


 そのように、エルクウェッドは思考を続ける。


 ……おそらく自分は、吊り橋効果や、立て篭もり犯に人質にされて感情移入した時のような影響を、少なからず受けている可能性が十分に考えられる。


 つまり、この好感度の急激な上昇は、一時的なもの。

 時間が経てば、やがては落ち着くはずである。


 そう判断して彼は、大きく安堵の息を吐くのだった。


「――危なかったな」

「え、えぇ……? 何が、でしょうか……」


 ソーニャが、「もう手遅れでは……?」というような顔をするが、エルクウェッドは「まだ間に合う」と、気炎を吐く。


 彼女を幸せにする方法として、現在彼は新たに一つ思いついたのだった。


 それは、彼女が有しているであろう自分への好感度を自分が有する彼女に対するものよりも早く上昇させる、というものである。


 ――彼女に惚れるよりも早くに、自分に惚れさせる。


 それが出来れば、間違いなく彼女の幸せに一歩近づくはず。


 故に、そう断じたエルクウェッドは、ソーニャを睨みつけた。


 なるほど。やはり、彼女は、どのような関係となっても敵であるのは変わらないらしい。


 ――負けてなるものか。


 そして彼は、即座に行動に移す。


 おそらく意識していなかったとは思われるが、彼女は自分を一時的に惑わした。


 昔から悪魔だと思っていたが、彼女はどうやら悪魔は悪魔でも、小悪魔の方だったらしい、と彼は納得することになる。


 ならば、容赦は無用。

 隙など決して晒せない。


 ――いいだろう、受けて立つ。


 そう考えて、彼は構えを取った。


 それは、今までに修めた武芸の構えではない。


 立ち上がって両足を少し開き、両手を頭上に向かって上げる格好。


 そう。それは、すなわち――レッサーパンダの威嚇のポーズであった。


 他者の好感度を上げる方法として、最も効率的なのは、『可愛い』を提供することだ。

 その点で言えば、レッサーパンダという存在は最強格である。

 故に彼は小悪魔にレッサーパンダをぶつけたのだった。


 そして、エルクウェッドは過去に、そのレッサーパンダに勝利している。


 つまりは、


「えっ? はっ? えぇっ!? ――エ、エルクウェッド様!? どうして本物より可愛い雰囲気になっているのですかっ!? 訳が分かりません、お願いですから今のものと先程からの手品の仕掛けをお教えください、エルクウェッド様ーっ!」


 数瞬後。当然ながら、ソーニャのそのような困惑の声が室内に響くこととなり……とにもかくにも、このようにして、二人のよく分からない争いは、今後熾烈さを増していくことになるのであった――

これにて『ちゃんとした後日談』は終わりとなります。

お読みいただきありがとうございました。

次は『ちゃんとした後日談・改』となります。

それでは、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前回はへーかがトムとジェリーのカートゥーン系キャラに脳内変換されつつあったけど……今回はパタ◯ロ系デフォルメキャラ化で再現されたw ……ちゃんとした?
[良い点] ちゃんとした…??
[気になる点] これにて『ちゃんとした後日談』は終わりとなります。 [一言] いや、最後の方ちゃんとしてなかったw なんで、レッサーパンダより可愛い威嚇のポーズとれるん??? あ〜、もうこのお話大…
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