ちゃんとした後日談 15
ソーニャが、「えっ、どうして、そのようなことを……?」という顔をしていた。
故に、エルクウェッドは、答える。
「貴様には、今後、毎日のように楽しいと思える思い出を作ってもらう予定だ。そして、それを貴様の記憶に紐付けさせる」
おそらく、彼女にとって、過去というものはあまり楽しいものとなっていないはずなのだ。
何故なら彼女は――
「貴様、たとえば過去の日のことを思い出す時、どのような思い出し方をする? 普通は『あの日は確か、何の日だった』というように思い出すだろう。なら、『あの日は確か、こういう死に方をした日だったな』という思い出し方をした経験が貴様には何度もあると、私としては予想しているが、どうだ?」
「それは……確かに、何度もありますね」
彼女は、驚いたようにエルクウェッドの言葉を肯定するのだった。
彼は「ああ、やはりな」と、呟く。
「貴様には、今後、常に『あの日は、こういう楽しいことがあった日だった』という思い出し方をしてもらうぞ」
異論は認めないと、彼は強く言うのだった。
エルクウェッドは、彼女を幸せにすると決めた。
ゆえに、その人生を楽しく豊かなものに変えていこうと思っていたのだ。
そのために、死に関係することは、極力彼女から遠ざけなければならない。
彼女にとって、死は日常の一つだった。
けれど、これからは他者と同じく非日常のものとしてもらわなければならないのだ。
「――ソーニャ、死ぬことを考えるな。生きることだけを考えろ」
エルクウェッドの思いはそのようなものであった。
彼は、目の前の彼女に、真摯に語りかける。
「仮にこの先どうしても死ぬことを考えてしまうのなら――私のことを思え」
そうしたら、すぐにでも死ぬことを考えられないようにしてやるのだと、彼は宣言する。
「私は、霞ではなく、趣味を喰らって生きる趣味仙人のようだと他者から言われた経験がある。――ちなみに、最近のおすすめの趣味は、一人オーケストラだ」
「……その、エルクウェッド様、それは普通の方が容易に出来る趣味なのでしょうか……?」
「ん? いや、少し難しいかもしれんな。だが、やり方はきちんと教えてやる」
楽器をいくつか演奏出来るようになれば、割と誰だって出来る趣味なのである。根気さえあれば簡単だ。
エルクウェッドはそのように思いながら、話を続ける。
「とりあえず今日は、『互いに名前を呼び合ったぞ記念日』にする。何か他の意見はあるか?」
「……そのままなのですね」
「普通に、良いネーミングが思いつかなかった。貴様は何かあるのか?」
「私も、そうですね……すみません、特にはありません。思いつきませんでした」
彼女の言葉にエルクウェッドは、「なら、これで決定しておくか」と、決めるのだった。
割とぐだぐだな感じもしてきたが、きっちりしすぎると、義務感が増してしまう。
とにかく、こういうのは少しでも楽しめればいい。
そんなことを思いながら、エルクウェッドはふと、あることに気づいてしまう。
――ん? あれ? これって、もしかして、あれでは? ラブラブカップルの思考では……?
と。
名前で呼び合うことを提案したり、毎日を記念日にしようと考えたり。
どう考えても、ラブラブカップルじゃん。
初々しい恋人同士の思考のそれじゃん。
先程から、妙に気恥ずかしい気持ちになっていたりむず痒い思いになってしまって、何だこれは、と思っていたが……どうやらその正体がこれであったらしい。
「……ああ」
そうか。
なるほど。
そうかそうか……。
今更ながらにして、そのことに気がつく。
そして、
「――あ゛あ゛ァーッ!!!」
突如、真正面から猛るパンダに突進されたかのような勢いで、彼は悲鳴を上げたと同時に椅子ごと吹き飛んだのだった。
そのため、それを見たソーニャが「エルクウェッド様っ!? その挙動、まさか大掛かりな手品か何かですか!?」と、驚きの声を上げることとなったのであった。




