ちゃんとした後日談 14
――エルクウェッドは考える。
まずは互いを信頼できるようにならなければならない。
そのために、お互いを名前で呼び合った方が連帯感が生まれやすくなるだろう、と。
おそらく今までは、他人行儀すぎたのだ。
「――おい、ソーニャ」
発案者であるエルクウェッドが、自ら実践する。
彼は、噛み締めるようにして、その名を呼んだ。
何しろ、その名前は、自分の伴侶となる少女の名前であり、今までの憎き仇敵の名前でもあるからだ。
だが、それは今は置いておく。
現時点で、重要ではない。
彼は「さあ」と、目の前の彼女――ソーニャに呼びかけた。
「私の名前を呼べ。私の名前は、エルクウェッドだ。さあ、呼べ」
対して、彼女は「ええと……」と、困ったような顔をするのだった。
「それは、その、申し訳ありません……恐れ多いです……」
その返答は予想していた。
だから、彼は「そうか」と、相槌を打った後、おもむろに告げる。
「名前を呼べないのならば、今から私は――女装する」
彼は、極めて真剣な声音でそう言った。
そして、彼の言葉を聞いた瞬間、ソーニャの表情が愕然とした状態で固まる。
「こ、皇帝陛下……!?」
「違う、エルクウェッドだ。そして、貴様が私の名前を呼ぶまで、私は皇帝から女帝に肩書を変えることとする」
いきなり親しくもない赤の他人を名前呼びするのは、抵抗感があるだろう。
故に、彼は考えた。
なら、同性に見える外見になれば、多少はその抵抗感を緩和することができるのではないか、と。
「少しばかり待っていろ。今すぐ化粧をしてくる。何、一昨日のように完璧に仕上げてくるから心配は――
「――エルクウェッド様っ!」
いきなり、ソーニャは元気よく彼の名前を呼んだのだった。
それを聞いて、エルクウェッドは、「まあ、悪くはないな」と、頷く。
本当ならば、呼び捨てまでして欲しかったが、そこまで要求するのは、彼女にとって酷というもの。
これでよしとしよう。
「貴様、やればできるではないか」
「いえ、その、危機でしたので……世間体の」
「危機? この私に危機など訪れはしない。いくらでも防いでやるが」
「いえ、何でもありません……本当に本当にごめんなさい… …エルクウェッド様……」
突然、目の前の彼女が、誠心誠意謝りだした。
彼は、内心首を傾げながら、「とにかく」と、声を上げる。
「もう一度、呼ぶぞ。聞こえているのなら、返事をしろ、ソーニャ」
「はいっ、エルクウェッド様……」
これで互いに名前呼びをすることができた。
エルクウェッドは、満足げに頷く。
それとまあ、何だか、少しばかり気恥ずかしくなってきたが、気にはしない。
今は、勢いが大事なのだ。
「これで、最初の手筈は整った。次に行く」
「次、ですか?」
「そうだ」
エルクウェッドは、ソーニャにその次の方法を告げる。
「今から毎日、すべての日を何かしらの記念日とする。貴様には、私と共にどのような記念日なのか考えてもらうぞ――」
瞬間、ソーニャの顔に大きな困惑が浮かんだのだった。




