『皇帝』視点 7
ある日、十七歳になったエルクウェッドは、執務室で自身の仕事に精を出していた。
今おこなっているのは、大したことのない書類処理の事務作業。
ゆえに、これがすべて終わった後に時間を巻き戻されても、彼としてはダメージは少ないと考えており、そのため「さあ、いつでも来い。相手になってやるぞ」と内心で、五年の付き合いとなる巻き戻りの力の『祝福』保持者に喧嘩を売っている最中でもあった。
ふと、彼はあることを思いペンを置く。
「そうか、もう五年になるのか……」
それは、先ほど考えたことだ。
十二歳の時から彼は、今日までずっとループに巻き込まれていた。
その頻度は当初から特に変わらず。
今も、大体、三日に一回は巻き戻されてブチ切れる毎日を送っていた。
それに加えて、彼が十三歳の時から、相手が裏技を習得してしまったため、まあまあな頻度で長期的な期間のループにも巻き込まれ、そのたびに超絶ブチ切れていた。
ちなみに今のところ、ループが続いた最大回数は五十回。その時は真っ白に燃え尽きた。
また、裏技を用いて行われた長期ループの最長期間は二週間であった。その時は、ブチ切れすぎたせいで一周回って以前ループで無理やり習得させられたブレイクダンスを衝動的に踊ってしまったし、仮にもしも目の前にポールがあったなら、本職顔負けのポールダンスも披露していたかもしれない。
まあ、とにもかくにも、
「……意外と何とかなるものだな」
彼は、感慨深い気持ちでそう呟いたのだった。
最初は、精神が持たないと思っていた。
けれど、何だかんだブチ切れながらも、こうして正気を保てている。
我ながら大したものだ。
そう、彼は自分を褒めたくなるのだった。
エルクウェッドは、壁に掛けられた暦に目を向ける。
ここ五年で彼は、常に日時を確認する癖を身に着けていた。
自分が、いつまで巻き戻ったかを確認するためだ。
基本的にループは何の前触れもなく起きる。そして、厄介なことにそのことについて割と気づきにくいのである。
ゆえに自分がループに巻き込まれたという事実をすぐさま認識するための分かりやすい指標を身近に用意して置く必要があった。
彼は、暦を確認して「よし、大丈夫だな」と安堵する。
ペース的にそろそろだと思ったためだ。
何もないことはいいことだ。
素晴らしいと思う。
それに、もうかれこれ五年になるのだから、さすがに少しは巻き戻る頻度を減らすべきだ。
「――なあ、貴様もそう思うだろう?」
彼はひとり呟く。決して、自分の声が届かない相手に。
――自分は相手の存在を気づいているというのに、その相手はこちらをまるで認識していない。
何度考えても思う。
なんと理不尽極まりないのだろう、かと。
……しかし、どうにかして、こちらのことを相手に認識させる方法はないだろうか。
そう、考えていた時だった。
「……ああ、やはり駄目だったか」
いつの間にか、暦が前日のものになっている。
時間が巻き戻ったのだ。
昨日も同じ時間に執務室にいたため、場所の移動はなかった。
エルクウェッドは、すぐさま前日に起きた出来事と行った仕事の内容を思い出す。
そして、内心で余裕の笑みを浮かべた。
まだ一日。傷は浅い。箪笥の角に足の小指をぶつけたようなものだ。
──この勝負、勝ったな。
一体、何の勝負かは分からないが、エルクウェッドは、そのようなことを思いながら、鼻を鳴らした。
しかし、ちょうどその時だった。
暦の日がさらに一日少なくなっていた。
──裏技の使用。
間違いない。
今回、この『祝福』の保持者は長期ループに入ろうとしていた。
エルクウェッドは、それを見て、「ま、まあ、いいだろう」とまだ少し余裕を残していた。
実は、彼としては三日までならば許容範囲であったのだ。
ちなみに四日目からはちょっと厳しくなる。
五日目からは致命傷だ。
一週間巻き戻されたら、間違いなくブレイクダンスを踊ることになる。そして、もしも二週間巻き戻されたなら、ポールダンスも追加で踊ってしまうだろう。
エルクウェッドは、巻き戻りが落ち着くのを暦を見つめながら、固唾を呑んで見守った。
結果は──
「は? 一か月……?」
時間の巻き戻りが、三十回一気に連続して起きたのだった。
つまり、長期ループの最長記録を更新したのだ。
「は? は? は? は? ……は?」
彼は、暦を見ながら、しばらくその事実を飲み込むことが出来なった。
彼は、完敗したのである。
──そして、彼は我に返った後「あああああああ!! ふざけるなよ貴様ァァアア!!!」と超絶ブチ切れながら、心の底から止めど無く湧き上がるパッションに身を任せて本職顔負けのブレイクダンスとポールダンスを気が済むまでひとりで踊ったのであった。