ちゃんとした後日談 11
少女の言葉に、エルクウェッドはゆっくりと目頭を押さえる。
――うん……?
彼は、自身の耳を疑った。
気のせいかな? 聞き間違いかな? と。
彼は、自身が有する記憶を訂正するため、少女に訊き返した。
「すまんが、今何と言った? 貴様の特技と趣味のことだが」
「死ぬことです」
「ん?」
「死ぬことです」
少女は、繰り返した。
エルクウェッドは、「うん……?」と、また不思議に思うことになる。
どうやら、自身の記憶違いではなかったらしい。
「死ぬこと、なのか。特技も趣味も」
「ええと、おそらくそうなるのかな、と」
「なるほど」
そう言われて、エルクウェッドは、初めて少女と出会った時を思い出す。
確認しなければならないことがあった。
「貴様、確か後宮入りした際の顔見せの時、趣味は読書で、特技は明日の天気を当てることだと言っていなかったか」
その疑問に、少女は「ええと、それは――」と、答える。
「嘘でした、すみません」
彼女は、謝罪するのだった。
それにより、エルクウェッドは「なるほど、嘘か」と呟く。
「天気を当てることについては、死ぬと時が巻き戻るので、実質毎回的中させられるという意味でした」
「なるほどなあ」
エルクウェッドは、少女の言葉を全て自身の頭の中で噛み締める。
なるほど。
なるほど、なるほど……。
なるほど、なるほど、なるほどなるほどなるなるなる――
彼は、そう何度も反芻しながら、ゆっくりと椅子を後ろに大きく引く。
その後、座ったままの状態で、椅子をしっかりと両手で持って固定した。
そして、
「アァーッ!!」
「皇帝陛下!?」
彼は、突然悲鳴を上げながら、その場で半分座ったような形で椅子ごとバク宙を行ったのだった――
♢♢♢
「――で、その理由は何だ?」
エルクウェッドは、先程の奇行の後、特に何事もなく真顔で、少女に尋ねた。
対して、少女は困惑しながら、声を上げる。
「皇帝陛下、先程のは一体……」
「気にするな。それで、理由を教えてくれ。先程、少し考えていただろう?」
彼は、落ち着いた声音で声をかける。
しかし、その内心は、「は? え? は? 嘘でしょ? え? は? ぱ?」と、割とパニクっていた。
あえて正気を失ったような行動を取って正気を保つ、という緊急手段を用いるほどに、彼は混乱していたのだ。
特技については、別にまあ分からんことはない。全然許容出来る。
けれど、趣味も同じとは一体どういう了見か――
「実は、よくよく考えてみたら、趣味も特技も、特に何も思いつかなかったので……。ですので、誰も経験していなくて一番慣れていることを挙げてみました」
そういうことなのだと、彼女は答えるのだった。
「趣味や特技は、おそらく一番その人が打ち込んできたことについて言うのが正しいと思いましたので――なら、死ぬことかな、と」
ぶっちゃけ何も思いつかなかった。
だから代案として、半生で最もおこなってきたことを挙げたのだと、彼女はそう言うのだった。
死ぬことは、基本的に誰も何度も経験していないし、特技になるだろう、と。
趣味も、何度も死んでいるから、まあそれでいいか、と。
エルクウェッドは、彼女の言葉を聞いて、「そうか……」と、胸を撫で下ろすことになる。
良かった。本当にそう思っているかと思って、ビビり散らしてしまった。
どうやら、自分が思っているよりも彼女には世間一般の『常識』というものがあったらしい。
これは認識を改めなければならないな、と、そう彼は安堵しながら、恥じていた時だった。
ふと、思うことになる。
――いや、全然良くないじゃん。
と。
「貴様、本当に特技や趣味は無いのか? 特技は……まあ、別にこの際、構わん。だが、趣味くらいはあるだろう?」
そうだ。
誰しも、大なり小なり趣味くらいあるはずなのだ。
だから、彼は次に尋ねた。
――休日は、普段何をしていたのか、と。
そして、彼女は考えた後、申し訳なさそうに言った。
「……死んでいました」
彼は、突然椅子に座ったまま空中でジャンプして、華麗に三回転半を決めたのだった。




