ちゃんとした後日談 10
昼を過ぎて、午後の時間となる。
エルクウェッドは、妃教育のために、『最愛』に選んだ少女の部屋へと向かう。
彼は、その道中、思考を働かせていた。
――今まで、自分は様々な他者に尋ねてきた。
幸せだと思う時が、一体どのような時なのかを。
結果的に言えば、十人十色だった。
誰もが、幸せというものを異なる認識でいたのだ。
ゆえに、それらは大いに参考になったのだった。
「――だが、やはり難しいものだな」
エルクウェッドは、ひとり呟くようにして唸ることになる。
今まで問いを投げかけた者は、その者がどういう人間であるのか、ある程度理解していた。
故に、彼らの幸せを聞いて、納得することが出来たのだが――
「……今思えば、私はあの娘のことを何も知らない」
エルクウェッドが少女と出会って、八日が経過した。
初日については、完全にそれどころではなかったし、それ以降も仕事や妃教育によって時間が使用されたことにより、結果的に言えば、彼は少女とまだ一度も身の上話のようなものをしていなかったのだ。
そのことに、今初めてエルクウェッドは気づく。
これは、まずい。
早急に、どうにかしなければ。
相手のことを知らなければ、その者の幸せなど分かるわけがない。
彼は、慌てて今後の予定を変更するのだった。
♢♢♢
翌日――
エルクウェッドは、少女と共に宮殿の一室にて、向かい合って座っていた。
妃教育を終えた後、彼は、「明日、話したいことがある。可能なら、予定を空けておけ」と、少女に告げたのだ。
そして、それに彼女は応じて、現在二人っきりとなっていたのだった。
エルクウェッドは、テーブルに置かれたグラスを少女に差し出す。
「粗茶だ」
りんごジュースであった。
彼は、宮殿の果樹園で栽培しているりんごを、今日の朝早くに捥いでいたのだ。
「搾りたてだ。味は保証する」
ちなみに絞ったのは、エルクウェッド自身である。
少女は、そのグラスを受け取った後、「いただきます」と、そのまま口にしたのだった。
「……とても、美味しいです」
「そうか。なら、良かった」
少女が、りんごジュースを口にした途端、驚くようにして、声を上げる。
それを見て、エルクウェッドは満足げに頷いた。
どうやら、口に合ったらしい。
手ずから木の世話をした甲斐があったというものだ。
そう思いながら、この場の雰囲気が柔らかいものとなったと判断して、彼は少女に言葉をかける。
「それで、今日話したかったということについてだが――悪いが、特に大したことでは無い。貴様とは、まだろくに話してはいなかったからな。身の上話やら、世間話でもと思っていただけだ」
彼は、そう正直に伝えたのだった。
ここで小細工などをして、ややこしいことになるのは、好ましく無い。
こういった時は、誠意を見せるのが、一番確実で話が進みやすいのである。
「そういえば、菓子もある。好きなだけ食え」
彼は、手作りのクッキーを少女に差し出す。
とにかく話しやすい場を整えることが、肝心だと考えていた。
そして、まず自分から自己紹介を始める。
彼女とは、改めて一から関係を確実に築いていくべきだと思ったからだ。
「改めて名乗るが、エルクウェッド・リィーリムだ。今は皇帝をやっている。特技や趣味は……無限にあるな。最近は、爆薬の取り扱いについて学んでいる」
相手が気負わないよう、単純な紹介であった。
そして、視線で彼は、「さあ、次は貴様の番だ」と、少女を促す。
彼女は、エルクウェッドに倣って口を開いた。
「ええと、ソーニャ・フォグランです。今は、皇妃となりました。特技や趣味は――」
彼女は、少し考える素振りを見せる。
そして、口を開いた。
「――死ぬこと、でしょうか?」
開幕から一分と立たずして、不穏な空気が漂い始めたのだった。




