ちゃんとした後日談 9
「――『真のおもしれー女』、だと……?」
宰相が、何だかよく分からないことを言い出した。
ちょっと想定外だ。
エルクウェッドは困惑しながら、内心冷や汗を流す。
「はい。皇帝陛下もご存知の通り、私は『呪い』によって常に初対面の異性に対して『おもしれー女』と声をかけておりますが、しかし、これは大変失礼な物言いでございましょう。本来ならば、絶対に口にしてはならない言葉なのです。ですが――」
宰相は、何かを思い出したように、微笑むのだった。
「時折、わたくしがかけたその言葉に、とてもぴったりな女性が現れることがあるのです。わたくしが、心の底から、純粋に『……ああ、このお方は、本当におもしれー女なのですね』と、そう思える女性が……」
そのような人物こそが、どうやら宰相の言う『真のおもしれー女』であるらしい。
「宮殿勤めを始めて、長い年月が経ちました。その中で、わたくしは、他者を見る目を養うことが出来たようなのです。今では、初対面の女性に『おもしれー女』と声をかけるたびに、その女性が一体どのようなお方なのか、何となくですが、分かるようになりました。当然ですが、このような失礼なことを初対面の方に対して本気で思ったことはございません。ですが、時折、言葉を交わしていると、本当に――本当に、ふと、そう自然に思ってしまうことがあるのです」
エルクウェッドは、「……そうなのか」、と相槌を打つ。
「それで、貴様はそのような相手に会うたびに、幸せを感じる、と」
「はい、そうでございます。そのようなお方と出会えましたら、経験上、本当に人生がとても楽しく感じられますからね」
「たとえば、誰だ? その『真のおもしれー女』は」
「皇帝陛下がお会いになられた方では、私が選奨した妃の方たちが、そうでございますね」
その言葉に、エルクウェッドは、驚くことになる。
「あの者たちだったか……」
「――退屈はしなかったでしょう?」
宰相の言葉に、エルクウェッドは頷くしかない。
確かに、退屈はしなかった。
何せ、自分が接した妃たちの中には、本当に何人もおもしれー妃たちがいたのだから。
一番目の妃は、確かにおもしれーし、二十五番目の妃も、わけが分からないくらいおもしれー存在だった。
そして、ある意味では五十番目の妃の少女も――
「皇帝陛下には、是非とも豊かな人生をお送りいただきたく思っております。そして、その手助けが出来たというのなら、この老骨の冥利に尽きますね」
彼は、そうエルクウェッドに優しく語りかける。
そして、だからこそ、と言葉を付け加える。
「当然皇帝陛下も、またその『真のおもしれー女』の方々に、応えなければなりませんよ? いつか必ず、彼女たちから『おもしれー野郎』だと、そう思われるように努力しなければなりません。彼女たちに、人生を豊かにしてもらったのなら、そのお返しをしなければなりませんからね」
「なるほど、私が、おもしれー野郎になる、か……」
「はい。わたくしも常々、そのことについて自問自答する毎日でございます。時に皇帝陛下、私の昔のことについて聞いたことがありますか? わたくしが、一目惚れした女性に対して、悩んだ末に『おもしれー女』と言うことになったというようなお話でございますが」
「ああ、それはあるぞ」
「そのお話、実は少しばかり実際のものとは、異なっているのです。そして、そのお話には続きがあります――」
宰相は、懐かしさを覚えているような表情で、語り出した。
「私は、当時、即決したのです。『あなたのためならば、今すぐにツルツルになります。見ていてください』、と。ですが、お相手の方は、こう仰りました。『え? いえ、その、ツルツルはちょっと……』と――」
どうやら、宰相が一目惚れした相手としては、ツルツルは別にタイプではなかったらしい。
だから、彼は、次に『おもしれー女』と言うしかなかったのだ。
「その後は、どうなった?」
「そうですね、告白しましたが『え? 初対面の人に対して、おもしれー女と言う人はちょっと……』と、断られてしまいました」
もう、完全に詰んでいた。
無理じゃん。
エルクウェッドは、宰相に同情することになる。
「そうか、それは悲しい体験だったな……」
「いえ、当然の結果でございますよ。客観的に見れば、知らない男が突然、『今から禿げるから、見ていて欲しい』と言った上で、告白してきたのですから。彼女からしてみれば、恐怖以外の何物でもありません。大声で助けを呼ばれなかっただけ、良かったと思います」
確かに、そうだ。
どう考えても、不審者である。
しかもある意味、露出狂の類の。
エルクウェッドは、そう思いながら、続きを促す。
「その女性とは、それっきりなのか?」
「いいえ、どのような星の巡り合わせかは分かりませんが、その翌日から彼女は宮殿にて侍女として働き始めました。そのため、何度も言葉を交わす機会がありまして……そうですね、気がつけば――今では、わたくしの妻として、家庭を支えてくださっております」
「何? 結婚したのか……?」
それは、めでたいことだ。
エルクウェッド、思わず「良かったな」と、祝福してしまう。
「良い話だった」
「ありがとうございます。結果的に、わたくしにとって、彼女こそが、最も人生でおもしれー女でございました。彼女にお礼を返すために、私はいつもおもしれー野郎でい続けようと、そう思っている次第なのでございます。――そして、皇帝陛下にとっても、ソーニャ様が最もおもしれー女となっていただけることを、わたくしは心より願っておりますよ」
宰相は、そう、優しげな微笑を浮かべる。
それを見て、エルクウェッドは「なるほど」と思うことになる。
どうやら、今の自分にとって宰相である彼こそが、「おもしれー野郎」であるらしい、と――
そう、彼は強く納得することになるのだった。




