ちゃんとした後日談 4
休憩時間となったため、一旦、妃教育を中断するのだった。
エルクウェッドは、少し離れた場所で体を休める少女に視線を向けながら、近くにいた一番目の妃に声をかける。
「どうだ? 様子は」
「そうですね、運動神経も悪くはありませんし、ご本人のやる気もあります。これならば、一ヶ月程有れば、最低限の振る舞いは身につくと思われますね」
その言葉にエルクウェッドは、頷く。
彼としても、同感であった。
存外、筋は悪くない。
この調子でいけば、短時間であれば、公衆の面前で問題なく皇妃然としたまま振る舞えそうだ。
無論、長時間となれば、流石にボロが出てしまうだろうが……。
とにかく、今は付け焼き刃で構わない。
本格的な指導は、今後じっくりと行なっていけば、問題はないだろう。
彼としては、そのように考えていたのだった。
「しかし、皇帝陛下」
「何だ?」
「先程から思っているのですが――少々、皇妃様に対して過保護ではありませんか?」
一番目の妃の女性は、そう、呆れたような表情を見せる。
対して、彼は首を傾げるのだった。
「それの何が問題だ?」
「皇妃様のことを常に案じておられるのは分かりますが……このままの調子だと、皇帝陛下が使用人のように振る舞ってしまわれるかもしれないと、気が気ではないのです」
――流石にやりすぎでは?
そのような視線を彼女は、エルクウェッドに向けるのだった。
対して、彼は何事もないかのように言う。
「心配は要らん。私は、問題なく侍女としても振る舞える」
主人がいれば、その者に対して完璧に傅いてみせると、彼はそう、強固な自信を有していた。
その言葉に、「えっ」と、一番目の妃は固まる。
そして、そのあと、疲れたような顔をして「……今の発言は聞かなかったことにさせていただきます」と、呟くように言う。
「……とにもかくにも、皇帝陛下は、皇妃様のことを心配しすぎだと、私個人としては思います」
そう言われて、彼としては「いや、まあ、そうかもしれんが……」と、言葉に詰まることになる。
何しろ、彼には嫌でも過保護になってしまう明確な理由が存在していた。
――だって、この娘。割とすぐに死んでしまうのだ。
通常、人生で一回しか死というものを直接経験することがない。
しかし、この少女は、もう数えきれないほど死んでいた。
たとえるなら、「よおし、ご飯食べたし、歯磨きをしよう!」というような気軽さで死ぬのだ。
なら、いくら過保護になっても足りないほどである。
けれど、その理由を彼女に説明することが出来ない。
故に、彼としては彼女に対して、曖昧な返事を返すしか無かった。
そして、そのあと彼は「そういえば」と、すぐさま話題を変える。
「一つ聞くぞ。良いか?」
「何でしょう?」
「――貴様は、どのような時に『幸せ』だと感じる?」
それは、一つの問いかけであった。
彼は、その答えを今後の参考にしたかった。
彼の問いに、彼女は不思議そうな表情をして、「そうですね――」と答える。
「私の場合だと、新種の『祝福』と『呪い』について知ることが出来たら、幸せだと感じますね。この頃は」
「なるほど」
彼は、頷いた。
そして、ならば、と、彼女にあっさりとした口調で告げる。
「――私の『祝福』は、【どのような他者からの祝福や呪いであっても、その影響を受けにくくなる】というものだ」
「はぁ……? そうなのですか――えっ!?」
彼女は、エルクウェッドを二度見した。
唐突に、今まで秘密にしていた自らの『祝福』を語り出したため、「今ここで!?」というような驚いた顔を見せる。
そして、彼女は、その拍子に完全に微笑を崩すことになる。
よって、くちゅん!! と、大きくくしゃみをすることになるのだった。
――彼女の『呪い』は、【常に微笑を浮かべていないと、年中そこそこ重い花粉症に悩まされる】だったからだ。
「へぁ、くちゅん!! 皇帝、くしゅん!! 陛下っ、くくちゃん!! そのお話っ、くしぇん!! ぇあっ、くちゅちゅちゅん!!! どうか、もっとよく、ちぃっ、くしょんンッ!!!! お聞かせ、くださいませ……っ!!」
彼女は、くしゃみを連発する。
それによって、息も絶え絶えといった様子であったが、しかしそれでも彼に声をかけるのをやめようとしない。
彼女の声音には、間違いなく好奇心と喜悦が含まれていたのだった。
……まさか、こうなるとは思わなかった。
彼女は、現在手に持った扇で顔を隠しているが、きっと凄いことになっているに違いない。
エルクウェッドは、それを見て「……その、何か、すまなかった。少しばかり軽率すぎたようだ」と、謝罪を行うこととなったのだった。




