ちゃんとした後日談 3
実を言うと、今代皇帝の『最愛』が誰であるのかを、国としてすでに公表していたのだった。
早めに公表しておけば、少女を亡き者にして新たな者を『最愛』にすげ替えようと考える者が減るだろうと、いう考えであった。
それと、今回の暗殺者の騒動から、注目を逸らすという目的も含まれているのかもしれない。
いずれにせよ、今代皇帝エルクウェッド・リィーリムの『最愛』は、ソーニャ・フォグランと決まった。
ゆえに、彼女は遠くないうちに大衆の前で、皇妃としてその姿を披露しなければならなかった。
そして当然、貴族としての振る舞いでさえきちんと出来ているか怪しい彼女を指導して、最低限の礼儀作法を身につけさせる必要がある。
そのため、昨日から彼女の猛特訓が始まったのだ。
少女は、妃教育を受けた。
講師は、エルクウェッドだった。
彼が、望んで志願したのだ。
そして妃教育が始まってから、しばらくして――
「大変申し訳ありません、チェンジでお願いします……」
少女の抗議により、彼は、一日でクビになったのだった――
♢♢♢
エルクウェッドたちは、用意された専用の部屋に到着する。
そこには、一人の女性がすでに待機していた。
扇を手に持ち、常に微笑みを浮かべている彼女は、後宮入りした際の一番目の妃である。
彼女は、現在、後宮ではなく宮殿の方に部屋を移していた。
皇帝の『最愛』が決まった後は、基本的に他の妃たちは後宮から出ることになる。
そして彼女は現在、妃教育の『講師役』として、一時的に宮殿で雇用されている状態となっていた。
彼女としては、どうやら「実家に戻ると、研究してないで結婚しろ」と言われるから帰りたくないようであり、そのため急遽、クビになったエルクウェッドの代理を打診された際は、快く引き受けたのだった。
「ごきげんよう皇帝陛下、皇妃様。では、早速昨日の続きを行いましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ああ、しっかりやってくれ」
そして、一番目の妃の女性が講師として、妃教育が始まった。
それをエルクウェッドは、少し離れた場所で椅子に座って、眺める。
その後、「……やはり、納得がいかない」と、心の中で呟くのであった。
昨日、少女はエルクウェッドに抗議した。
その内容は「集中できないし、落ち着かない」というものであった。
彼女は、エルクウェッドが目の前にいると、明らかに注意が散漫になったのである。
そして、自らその状態となっていることを彼に正直に申告したのであった。
故に、彼としてはそのことを一日経過した今であっても、未だ不服に感じていた。
――集中できない? そんな馬鹿な。あの時の自分は、間違いなく見苦しい姿など見せていなかったはずだ。
と。
妃としての立ち振る舞いに関して、自分は完璧だった。
化粧も手を抜かずに、きちんと行ったし、皇妃のドレスもばっちり着こなしてみせた。
非の打ち所など何一つなかった。
そう、何一つ。
――今の自分ならば、間違いなく他国に妃として嫁げる。
そう、自負していたというのに。
女装に関しては、それなりに自信があった。
何しろ、その状態で見破られたことなど宰相以外に無いのだから。
以前のループでは、特殊な事情により、侍女として誰にも気づかれずに一日宮殿で過ごしたこともあったし、敵国の王子に一目惚れされたこともあった。
それと、成り行きに流されて、そのままの勢いで実質、他国に嫁いだことも――
何度か無かったことになったループの中で、傾国としてその名を轟かせたことのある彼だったが、しかし、自らの伴侶にチェンジと言われているのが現状である。
故に、彼は「分からん。なぜだ、くそッ!!!」と、心の中で毒突きながら、今現在妃教育を受けている少女の姿を見守る。
……しかし、この娘、結局逃げなかったな。
彼女の姿を見ていると、ふと、そのようなことを考える。
彼女を『最愛』に決めた後、少女としては死ぬことの出来る機会が何度もあったというのに。
凶器となりそうな物を事前に彼が没収したが、しかし、死ぬこと自体は凶器など無くても十分に可能だ。
けれど、彼女はこうして熱心に妃教育を受けている。
どうやら、彼女の性格は割と真面目なところがあるようだ。
しかし、思えば、彼女が真面目だからこそ、律儀に死んでしまうのかもしれない。
――なら、出来れば、適度にちゃらんぽらんになって欲しいところだが……。
そのように思いながら、エルクウェッドは妃教育の行方を見守るのであった。




