ちゃんとした後日談 2
一瞬、エルクウェッドは、目の前の少女に対して「こいつは、一体何を言っているんだ……?」と思いかけたが、しかしそれが冗談ではないことにすぐさま気づく。
何しろ彼女は自らの『呪い』によって、定期的に命を落としていたのだ。
基本的に、彼女が命を落とす頻度は、三日に一度。
そして、後宮入りして妃となった後は、毎日であった。
故に、彼女にとって、自身が死ぬことは珍しいことではない。
けれども、ここ一週間、彼女は死んではいなかった。
そう、ただの一度も。
実は二回ほど、彼女が宮殿の方に来てから、死に繋がる不幸が彼女を襲っていた。
しかし、それをエルクウェッドが、後宮にいた一週間前の時と同じように完璧に防いでいたのだ。
結果として、彼女は一週間連続で死を経験していない状況となっていた。
ゆえに彼女はセミの寿命が一週間しかないという俗説と自身を比較してみせたのだろう。
まあ、それは理解できる。
しかし、
――なぜ、不安そうな表情をしているのか。
それについて、彼としては全く理解出来なかったのだった。
いつもより長生き出来たのなら、良いことだろうに。
わけが分からない。
そう思っていると、少女は言った。
「死なずに生きていると何というか、その……むずむずします」
「は? むずむず?」
「はい。たとえるなら、ご飯を食べてしばらくした後に、歯磨きするのを忘れていたことに気づいた時のような――そんな感覚です……」
その言葉に、エルクウェッドは戦慄する。
――こいつゥ! たとえとはいえ、死ぬことと食後の歯磨きを同列に語りやがった……。
エルクウェッドは、心の中で「おい嘘だろおい。有り得んだろ……?」と呟く。
彼女の言葉が到底信じられなかった。
そして、肝心の少女は、彼の心情に気づくことなく言葉を続ける。
「……このままだと、もしかしたら虫歯になってしまうかもしれないという気持ちなのです、今は」
「……落ち着け、娘。一週間以上、死なずに生きても別に何もならん。むしろ死んだ方が問題だ」
「……ある日、突然、体が破裂とかしませんか?」
「貴様は、人体を何だと思っている……」
彼は、「大丈夫だ、心配ない。貴様が破裂するなら、すでに全人類が破裂している。安心して生きろ」と、不安がる彼女を必死に諭す。
そして、その後、少女を落ち着かせるため深呼吸をするように促したのだった。
彼女は、素直にそれに従い――なぜか、けほけほと咽せることになる。
エルクウェッドは、それを見て真顔のままびくりと、体を跳ねさせた。
「申し訳っ、ございまっ、せんっ」
「おい、喋るな喋るなッ。また唾液が気管に入るぞ――」
彼は、慌てて少女を診察する。
結果として、問題はなかった。
ただ咽せただけだ。
彼は、その事実を認識して心の底から安堵する。
そして、彼女が落ち着いた後、話を元に戻した。
「……とにかく、貴様は生きることに慣れろ。何度も言っているが、安易に死のうとするな。それと、セミの成虫は普通に一週間以上生きる。ゆえにまだセミに勝利していないぞ、貴様は」
「!? そうだったのですか? 知りませんでした……」
「まあ、種類によるが少なくともカゲロウの成虫には勝っている。誇るといい」
「確かにそうですね。それと、出来れば、マンボウにも勝ちたいです」
「は? マンボウ?」
「私の宿命のライバルです」
「……そうか」
ちょっと意味が分からない。
彼は「???」と思いながら、相槌を打った後、言葉をかける。
「とにかく、娘、そろそろ時間だ。さっさと準備しろ」
彼女の様子を観察したところ、いつも通り特に問題はなかった。
なら、今日も大丈夫だろう、と彼は判断して促す。
実は彼女は、本日彼と共に予定があったのだった。
それは、昨日から引き続き行っていることであった。
少女は、「もう準備は済んでおりますので、いつでも大丈夫です」と返事をかえす。
彼女は、意気込んでいた。
それを見て、彼としては有り難く感じる。
二人が、今から行う用事は今後のために必要なものであったからだ。
そう、それは――妃教育である。




