ちゃんとした後日談 1
ちゃんとしています
――エルクウェッドは、この頃悩みに悩んでいた。
彼は、数多のループを経験したことにより、大抵のことには容易に対処することが出来るような様々な知識や技術を身につけていた。
けれど、そんな彼であっても当然困難だと認識することがある――
現在彼は、自室の床で布を敷いて座り、目を閉じて精神の統一を行なっていた。
煩悩を頭の中から追い出し、ただひたすらに無を実感する。
自分は一個人ではなく、森羅万象に溶け込む無数の命の一つに過ぎないとイメージするのが肝心だ。
彼は、しばらくそのままの姿勢を維持し続け、そして――目を見開いた。
「ア゛ア゛ア゛ーッ!! 集中出来んッ!!!」
彼は、叫ぶ。
自室は、すでに防音仕様となっているため、いくら叫ぼうと外には聞こえない。
だから、彼は「チクショウめェェ!!」と誰に対してか分からない罵声を大声で思う存分に上げる。
そして、そのまま立ち上がると、勢いに任せてバク宙を行ったのだった。
彼は布の上であっても、足を滑らせることなく軽やかに着地する。
その時には彼は、すでに冷静さを取り戻していたのだった。
彼は、残心した後、真顔で懐からすっと懐中時計を取り出す。
そして、「時間か」と呟いて、敷いていた布を綺麗に畳むのだった。
今から向かうのは、とある人物の部屋だ。
彼は、先程から――いや、正確に言えば十一年以上も前から、その人物のことについて考えてきた。
常に彼の頭の中には、彼女のことがあった。
――どれだけ気を落ち着かせようと。
――どれだけ体を動かそうと。
彼の頭の中から、彼女の存在が消えることなど決してない。
ゆえに、
「――くそっ、参ったな……全然、分からんぞ」
彼は彼女のことを考えながら、そう、悪態をつく。
彼は、現在強く悩んでいた。
彼女――ソーニャという名の少女のことについて。
自身の妻となった彼女について――
♢♢♢
後宮に暗殺者が現れるという重大な事態から、一週間が経過した。
その時分になると、すでに事態は終息を見せており、その計画を企てた者も判明していた。
それは有力貴族の一人であり、エルクウェッドを亡き者にした後、クーデターを起こして皇国を乗っ取ろうと算段していたらしい。そして、その背後には、他国の協力もあったのだった。
現在、リィーリム皇国と敵対している、とある国だ。
その国の王族の一人がかつて皇国に訪れており、何度もループを経験していたエルクウェッドによって、ボコボコにされて帰っていったという過去がある。
今まで目立った活動を行なっていなかったその国は、実のところ、秘密裏に動いており――結果として今回の事態を引き起こしたのだった。
そして、捕らえた暗殺者たちを尋問して引き出した情報を用いて、宰相が現在その国を脅迫――もとい交渉を行っているというのが、一週間後となる現在の状況であった。
ちなみに当然、暗殺を依頼したその有力貴族は、処罰されることが決まっており、知らずのうちにその計画に加担してしまった者も結局完全な無実とはいかなかった。
今回の件で、皇国は今一度気を引き締め直すこととなったのである。
けれど、そのような状態となっても、エルクウェッドの評価は変わらなかった。
むしろ、上昇したのである。
それを彼としては、気持ちの良いものだとは思ってはいなかった。当然、そのことを公言することはなかったが。
だってそれは、まるで、英雄のような扱いだったのだから――
彼は、そのようなことを考えながら少女の部屋に辿り着く。
彼の自室から、そこまで離れていない距離に彼女の部屋がある。
本来ならば、後宮にあるべきなのだろうが、そうすると万が一の時にすぐさま駆けつけることが出来ない。
ゆえに、彼女の部屋を宮殿内に用意したのだった。
彼女の部屋は、驚くほどに快適な造りにした。
彼女がストレスを感じないように。
彼女が危険な目に遭うことが無いように。
……けれど、この頃、やはり刑務所の牢屋にブチ込んだ方が良かったのではないかと思うようになってきていたのだった。
何しろ、刑務所の牢屋は基本的に自殺しにくい造りになっているのだから――
彼は最近彼女と交わしているやり取りを思い出して「ああ、ブチ切れそう……」と呟く。
そして、身だしなみを整えた後、扉をノックした。
少しして、扉が開かれる。
そこには、一人の真面目そうな様子の少女――ソーニャがいた。
十六歳である彼女は、特殊な『祝福』と『呪い』を有している。
それにより、エルクウェッドは何度もループを経験し、今まで数え切れないほどにブチ切れてきたのだ。
彼は、少女の姿を確認した後、それが偽物かどうかを改めて判別する。
そして、本物だと認識した後、彼はいつものように声をかけようとしたのだった。
体調の異常や身体の異常が無いか。
彼女に、死の兆しがないかを探るために。
けれど、今回に限っては、彼女の方から声がかかったのだった。
――どうしましょう、皇帝陛下……。
と。
彼女は、不安そうな表情でエルクウェッドを見つめる。
そのため、彼は何事だと、警戒の様子を見せる。
「どうした、娘。何があった?」
「実は……私」
彼女は、震える声で言った。
「――もしかしたらセミの成虫よりも長生きすることができるかもしれません……」
 




