ちゃんとしているかもしれない後日談 45
――あれから、二日が経過した。
皇帝陛下のおかげで、私はまだ死んでいない。
私は、他の妃たちに殺されることのないまま三日目を迎えたのだった。
私は、宮殿にて専用の部屋をあてがわれて、そこで過ごしていた。
皇帝陛下の自室から近い位置に、その部屋があるらしい。
どうやら彼が、すぐにでも私の様子を見ることが出来るように手配したようであった。
そして、彼は休憩時間になれば、何度も部屋に訪れて私の姿を確認するのである。
それは、もはや生存確認といっても過言ではなかった。
何しろ彼は、私の姿を見るたびに、「娘、ちゃんと息をしているな?」と、尋ねてきたのだ。
なので、「はい、生きてます、皇帝陛下」と返事をかえせば、彼は少し嬉しそうな表情を見せる。
……そのため、ただ生きているだけで、彼からの好感度が上がっているように思えて、私としては何だか戸惑ってしまう。
そんなにすぐには死んではいなかったはずだけど……。やはり、彼は私をマンボウよりも貧弱だと思っているのだろうか……。私だって、皇帝陛下がレッサーパンダに勝てたように、マンボウと戦ったら、絶対に私の方が強いはずなのに。
そう思わずにはいられなかった。
そして、今日もまた皇帝陛下は、私の部屋に訪れる。
彼は、私の姿を確認して言葉をかけるのだった。
「どうだ、娘。体調の方は? 怪我とかはしていないな? 何かあれば、すぐに言え。すぐさま対処する」
そのように彼は、私をいつものように心配する。
彼の後ろで控えていた兵士たちは、それを見て微笑ましいものを見るような目をしていた。
けれど、目の前の皇帝陛下の目は、冷静に私の体に異常が無いか観察していたので、多分それは誤解なのだと思う。
私は、「ありがとうございます、ですが今は問題ありません」と、答えた後、彼に相談を行うことにしたのだった。
もちろん兵士たちが、私の部屋から退出した後で。
「皇帝陛下、実はお願いがございます」
「何だ、言ってみろ。大抵のことは叶えてやるぞ」
「――私に、一日に一度だけ自刃する権利をください」
「……は?」
彼は、私の言葉を聞いて絶句するような表情を向けてくるのだった。
「……何を言っているのだ、貴様……?」
「この二日間、ずっと考えていました。私にできることは何なのだろう、と――」
そうだ、今までずっと考えていた。
私は、どうやったら皇帝陛下の役に立つことが出来るのだろう。
こんな自分で、一体何が出来るのだろう、と。
そして、先程、ようやく思い至ったのだ。
――やはり私には、死ぬことしか出来ないのだと。
「……おい、貴様。この私の努力を無駄にするつもりか?」
彼の言葉には、明らかな怒気が含まれていた。
けれど、私は臆するつもりはない。
平常の心のまま理由を説明する。
「いいえ、皇帝陛下。私はただ無闇に死ぬつもりなどありません。私のこの命を皇帝陛下のために使いたいと思っているのです」
「だったら――」
「死ぬな、と仰るのでしょう。しかし、もしも皇帝陛下のお命が危険に晒された場合、私は死ぬことを厭いません」
それこそが、この一日に一回だけ死ぬ権利なのだ。
「皇帝陛下の『祝福』は、【どのような他者からの祝福や呪いであっても、その影響を受けにくくなる】というものだとお聞きしております。なら、もしかしたら、最悪の場合、皇帝陛下は助からない可能性もあるのです」
そうだ、そうなのだ。
たとえば、彼の『祝福』が完全に他者の力を無効化するものであったとする。
その場合だと、おそらく彼は私の死んだ後の世界をそのまま何事もなく生きていたのだと思う。
けれど、彼の『祝福』は、他者の力を完全に無効化するものではなかった。
あくまで『にくくなる』というもの。
ゆえに、
「皇帝陛下が命を落とした後に私が巻き戻ることとなったとしても、皇帝陛下の体が無事で、けれど意識は戻らない、といった状態になる可能性が考えられます」
だから、そうなる前に時を戻したい。
それが、私の考えであった。
彼は、私のループによって偶然にも命が助かったことがあると言っていた。
それは、よくよく考えてみれば、本当に危ないところだったのだと思う。
なら、そのようなことには今後ならないようにしなければならない。
だから、私は彼に聞いたのだ。
――一日、一回だけ死んでも良いか、と。
今まで私は、自分のためだけにこの力を使ってきた。
けれど、今後は違う。
他者のために。
彼のために、私は自分の命を使いたい。
そう思っていたのだ。
そして、彼の反応は――
「駄目だ。貴様、命を大切にしろ」
彼は頑なな態度で首を横に振る。
けれど、私としても到底引き下がることは出来ない。
「それは皇帝陛下も同じだと思います。私の命は、たくさんありますが、皇帝陛下のお命は一つしかありません」
「前に言っただろう、私の精神が死ぬ」
「……それは理解しています。ですが、私が死ぬのは、皇帝陛下が危険な状態にある時だけです。それ以外は、極力生きるつもりです。それでも駄目なのでしょうか?」
「駄目だと言っている。私は貴様を死なせるつもりはない。それに、私自身が死ぬような間抜けな真似を晒すつもりもない。全て任せておけと言っただろう」
「それでも――私だって、少しは背負いたいのです」
私は、気がつけば彼に対して熱く語っていた。
彼のために何かしたかった。
彼は多分、私が息をしているだけで満足なのだろう。
けれど、それはある意味では死んでいるのと変わりない。
彼に言われたように、私は生きなければならないのだ。
宰相様にお願いされたように、彼を幸せにしなければならないのだ。
だから、彼と共に生きるために、前向きに死ぬことを考えていかなければならない。
そう、決意していた。
――そして、その後、私と皇帝陛下は何度も言い争いのような形で言葉を交わすことになる。
当然、互いに自身の主張を譲ることはなかった。
……そのため私は、後宮の自室から私物の一つとして運んでもらった愛刀をしっかりと握りしめ、次に皇帝陛下が訪れた時にこの愛刀を抜いて覚悟を示そうと計画するのだった――
これで、『ちゃんとしているかもしれない後日談』は終わりになります。
お読みいただきありがとうございました。
次は『ちゃんとした後日談』を予定しています。
ちなみに時系列の順番は、
皇帝視点
五十番目の妃視点
ちゃんとしているかもしれない後日談
ちょっとした後日談
ちゃんとした後日談
となっております。
よろしくお願いします。
 




