ちゃんとしているかもしれない後日談 39
――私に向かって、暗殺者の女性がナイフを振おうとする。
私は、それを抵抗もせずに、眺めていた。
当然、じっとして動くこともない。
だって、少しでも彼女の手元がずれてしまえば、その分私の死ぬまでの時間が長くなるのだから。
目の前の彼女は、私を見て恐怖を覚えていた。
そして、その恐怖を掻き消すために、私の命を奪おうとしている。
――ああ、次こそは上手くやろう。
そう思った時だった。
ナイフの刃が、こちらに迫る。
それが、今の私には、ゆっくりと見えるのだった。
死の間際だからだろう。
私の思考は、早まっていた。
そして、その時、ふと、私はあることが無性に気になってしまったのだった。
……実は、以前からずっと鳥の鳴き声が何度も聞こえていたのである。多分、鷹だと思う。
確か、その鳴き声が聞こえてきたのは、皇帝陛下と女装した剣士の男性が戦っていた時くらいからだったはずだ。
今までただの雑音だと思って、意識していなかったけれど、どうしてずっと鳴いているのだろう……?
そして、今もしきりに鳴いている。
爆発の音に驚いたのだろうか?
なら、可哀想だと思う。
……それは、別に大したことではないはずなのに。
けれど、その鳴き声がなぜか頭の中に残って離れなくて――
また鳴き声が聞こえた。
けれど、それは今回私のすぐ近くで聞こえてきて――
「あっ」
私は、女性から視線を逸らした。
だって、そこには……。
――彼女に向かって、襲いかかる一羽の鷹の姿があったからだ。
そして、そのことに気づいた女性は驚きに目を見開く。
けれど、もう遅い。
鷹は、彼女の顔にまとわりつくようにして、飛びついたのだった。
そのため、彼女は、悲鳴を上げた。
その弾みで、私に振われたナイフの軌道が在らぬ方向に逸れる。
私の首には、掠ることなく、そのナイフは通りすぎていく。
故に、
――私の命は、終わらなかったのだった、
♢♢♢
……何が起きたのか分からなかった。
突然、鷹が、目の前の女性を襲ったのだ。
それにより、私は助かった。助かってしまった。
鷹は、威嚇しながら、現在も女性を襲っている。
彼女は、顔を庇いながら、のけぞってナイフを振り回していた。
しかし、すぐに鷹は彼女の手を嘴で突いて、ナイフを手放させたのだった。
あ、すごい。この鷹、賢すぎる……。
そう思いながら、眺めていると、その落ちたナイフを鷹は嘴で拾うと、すぐさま飛び立つ。
そして、遠くまで飛んでいってしまうのだった。
私はそれを見て、思わず呆気にとられた。
なぜかよく分からないけど、鷹が女性を襲撃した。
そして、なぜかよく分からないまま私は助かったのだった。
……え、何これ????
私は困惑する。
だって、突然すぎる。
本当に何なのだろうか……。
鷹の仲間である鳶は、ときたま人間を襲って食べ物を奪ったりすると聞く。
けれど、鳶ではなく鷹が、まさかナイフを持った人間を襲い、そのままそのナイフを強奪していくなんて。
わけが分からない……。
そう、思っていると、女性を襲っていた鷹が、旋回してこちらに戻ってくる。
そのまま、ばさばさと羽ばたきながら、私の近くにある大穴の中に入っていってしまったのだった。
あれ、もしかして墜落してしまったのだろうか……?
そう思っていると、鷹がにゅっと姿を現す。
しかし、よく見ると何かの上に止まっているようであった。
そして、その何かとは――
「こ、皇帝陛下……!?」
私は、驚きの声を上げてしまった、
だって、真顔の皇帝陛下が、大穴から這い出てきたからだ。
そして、鷹はちょうど彼の頭の上に止まっていた。
彼は、真顔のまま大穴から脱出した後、汚れや傷でぼろぼろになった衣服を手で払う。
そして、私に向かって「無事か」と、問いかけてきた。
――頭の上に鷹を乗せたまま。
そして、その後すぐにまた大穴から、女装した剣士の男性も這い出てくる。
――けれど、何故かカツラが焦げて散り散りになっていた。
ふわふわなアフロ状態のまま女装した剣士の男性は、「くそっ、酷い目に遭ったぜ」と、悪態をついた後、私に問いかける。
――「嬢ちゃん、怪我は無かったか?」、と。
そして二人は、すぐさま私に駆け寄る。
その後、目の前で鷹に突かれた片手を押さえている女性から、私を庇うようにして、立つのだった。
私は、二人の後ろ姿を目にして、複雑な気持ちになる。
彼らが無事だった。
それはとても嬉しいことだ。喜ばしいことだ。
本当に。本当に、良かった。
けれど、
――何故、二人ともその頭部に異常を抱えているのだろうか。
それが気になって気になって仕方が無かったのだった……。




