ちゃんとしているかもしれない後日談 35
「あともう一つ聞く。料理人の台車に細工をしたか?」
「? いいえ、していませんが、それがどうかしましたか?」
「……いいや、何でもない。それと、あの蛇はこちらで捕獲した。私を殺したいのなら、凶器の管理くらいきちんとしておけ」
「そうですね。それについては、大変申し訳ありません。深くお詫びさせていただきます」
皇帝陛下の言葉に、暗殺者の女性は謝罪の言葉を述べるのだった。
そう。今しがた、皇帝陛下は、先に今日私が迎えるはずだった不幸な死について、女性に質問をおこなった。
彼としては、一応の事実確認の意味合いが強いと思う。
なので私も、彼の質問に乗じて、質問を行ってみるのだった。
「ええと、なら、その、もしかして後宮の談話室のシャンデリアに細工を施したりしていますか? 近くにある銅像を倒したら、それがすぐに落ちてくるような仕掛けの」
「ええ、それはしましたね」
彼女は、あっさりと頷いたのだった。
やっぱり、そうだったらしい。
私の予想通りだった。
なので、私はまた質問を投げかける。
「それと、場合によっては、妃の方を唆して、仕向けたりといったことも考えていたのでしょうか?」
「そうですね、それも一応考えていました。侍女に紛れ込めば、その情報網に流れた多くの情報を自由に改ざんすることが可能ですから」
……なるほど。また自分の考えが当たったようだ。
「つまり、状況によっては、三十四番目の妃の方を唆して、他の妃をシャンデリアの下敷きにさせたり、十三番目の妃の方に嘘をついて、他の妃の方を階段から突き落とさせたり、二十一から二十四番目までの妃の方に、何かしらのことを吹き込んで壺を割らせて他の妃を社会的に抹殺したり、といったことも行なう予定だったということなのでしょうか……?」
思い返してみると、彼女たちの殺意は高かった。
おそらく、彼女たちはあの時、何かしらの情報を暗殺者たちに吹き込まれて、私を殺したのだ。
そうに違いない。
そのように考えていると、彼女は「? いえ、そのような予定は特にありませんが……」と、返答したのだった。
――え……?
「勘違いしているのかもしれませんが、私たちの標的は、皇帝陛下だけですので、他の妃を殺めることはしませんよ。どう考えても無意味ですし。妃たちを利用する場合は、陽動として用いますね。彼女たちが、皇帝陛下をその場に釘付けにしてくれるだけでも、こちらとしてはやりようがありますし、さすがに情報に踊らされているだけの彼女たちが皇帝陛下を暗殺できるとは、思っていませんから」
彼女は、そう言ったのだった。
なので、私は「え、じゃあ、あの妃たちは一体……?」と、頭の中に大量の疑問符が湧き上がることになったのだった。
暗殺者の女性の言葉が正しいのなら、私を何度も殺した妃たちは今回の騒動とは無関係になる。
つまり、それは彼女たちがあのような凶行に及んだのは、何か吹き込まれていたというわけではなく、単に彼女たち自身の殺意が高かったから、私を衝動的に殺してしまっただけになってしまう。
それは……何だろう、ちょっとあんまりな感じだ。
そう思っていると、彼女は「ああ、そういえば」と、何かを思い出したかのように声を上げる。
「仕掛けた罠を見破られそうだったり、こちらの仕事の邪魔になりそうな者がいれば、その者を退けるために妃たちを使おうとしたことはありますね。確か、あなただったはずです。何度かそのような状況に陥りそうになったのは。結局、妃たちを用いることはありませんでしたが」
そう言われて、私は胸を撫で下ろすことになる。
ああ、良かった。
これで私が妃たちに殺された明確な理由が出来た。
彼女たちは、理由あってきちんと私を殺してくれたのだ。
何だか良かった。
そう思っていると、皇帝陛下が「チクショウめェ……ッ」と、突然呟くように声を上げたのだった。
「明確な理由があっても、結局、妃の殺意が高いことには変わりないだろうがァ……」
「あっ」
どうやら彼も私と同じことを思っていたらしい。
そして彼の言葉に、私は「確かにそうだ」と、そう納得してしまったのだった。




