ちゃんとしているかもしれない後日談 31
私は、「えっ」と思わず、声を上げてしまった。
なぜなら、いきなり皇帝陛下の命を狙っていたはずの女装した剣士の男性が、「じゃあ、今から自分の仲間を襲ってくるから待ってて」と、宣言したからである。
一体、どういうことだろうか……?
確かにこうして私が死なない以上、彼個人の目的は無くなるような形となってはしまったけれど……。
それにしても急すぎる気がする。
そう思っていると、皇帝陛下が「……貴様、変わり身が早いな」と相手に声をかけた。
対して、剣士の男は、「まあな」と頷く。
「あんたに剣を向ける理由は今のところないし、それにこのままだと俺は間違いなく罪に問われるからな。なら、少しでも、減刑してもらえるように努めるしかないだろう」
そう、彼は当然だという風に言ったのだった。
なので、私は思わず、「逃げないのですか?」と尋ねてしまう。
すると彼は「まあ、逃げたところでな」と、困ったように頬をかいた。
「俺は、皇帝陛下と嬢ちゃんに素性を知られた。確実に指名手配を受けるだろうな。あとはそうだな、裏切った人間をあの暗殺者共が許すはずがないというのもある。なら、皇帝陛下に自分の身の安全を保障してもらった方が良いに決まっている」
「それは、確かに………」
割と、現実的な考えであった。
ちゃんと考えていたんだ……。
そう思っていると、彼は言葉を続ける。
「正直、あの時の皇帝陛下の剣が見られれば、別に死んでも構わんというつもりでここに立っていたが、見られないというのなら話は別だ。悪いが死ぬつもりはない。もう一度この目で見るまではな」
「……おい、貴様、私の言葉を聞いていたのか? もう二度と、同じようなことをするつもりはないと言っただろうが」
「あんたこそ、俺の話をちゃんと聞いていたのか? 今日は諦めると言った。だが、今後も諦めると言ったつもりはないぞ」
「は? 貴様、この私を小馬鹿にしているのか?」
「なんだ、皇帝陛下? 喧嘩なら、いくらでも買うぞ?」
突然、二人が剣呑な雰囲気となった。
そして、それぞれ「アーッ!」、「イーッ!」と、変な声を上げて互いに威嚇し合う。
今すぐにでも、先程の戦いの続きを始めそうな気配であった。
なので、私は「ふ、二人とも落ち着いてください!」と、声を上げることになる。
それにより、二人は一旦、平静さを取り戻した様子であった。
良かった……。
「それで、どうする、皇帝陛下? あんたが先程言っていた情報に加えて、戦力も提供する形となる。それで構わないな?」
「ふん、まあ、良いだろう。それで取引してやる」
どうやら、それだけの言葉で交渉は済んだらしい。
彼らは、互いに頷いた。
そして、剣士の男が「じゃあ、今から情報を教えるぞ。その後で、他の暗殺者共をきちんと襲撃してくるからな」と、声を上げた時であった。
「いィーッ!!」
「アぁーッ!!」
二人が突然、また変な声を上げた。
その雰囲気は、どちらも緊迫している。
そして奇声と共に、剣士の男は素早く抜剣して何かを弾き飛ばし、対して皇帝陛下は、何かを空中でパシッと、キャッチしたのだった。
それは、太く長い暗器のような針であった。
なので、私は慌てて視線を向ける。
二人の視線の向こうには、新手となる複数人の暗殺者がいた。
それを見て、皇帝陛下が舌打ちする。
「ちっ、またかッ。面倒な」
「おいおい、早すぎないか? 他の奴らは遅れるって聞いたんだが」
「その情報が、嘘だったんだろう」
その言葉に、「なるほど、完全に騙された。――あの暗殺者は、後で微塵斬りにしてやろう」と、剣士の男は呟く。
「それで、どうする、皇帝陛下?」
「ちょうど、私たちが向かっていた進路の方向に、奴らがいるな。なら、そのまま突破する。貴様もついて来い。道中に、ネズミ共が湧く箇所を教えろ。――娘、貴様も遅れるなよ?」
「了解だ。仰せのままに、皇帝陛下」
「は、はい!」
私が返事した後、二人はこちらに向かってくる新手の暗殺者たちへと、全力で駆け出した。
「アァーッ!!」
「イィーッ!!」
……もちろん両者揃って変な声を上げながら。




