ちゃんとしているかもしれない後日談 29
そこでは、激しい剣戟が繰り広げられていた。
それは皇帝陛下と、女装した剣士の男の互いに命を賭けた戦いだった。
剣と剣が交差する。
「──アァーッ!!」
「──ィイーッ!!」
二人は、両者ともに、一歩も引かない姿勢だ。
先ほどから、どちらも攻勢ではないかと言わんばかりの猛攻を共に続けていたのだ。
「イイーぃッ!!」
剣士の男が、鋭い剣撃を見舞う。
「アアーぁッ!!」
しかし、皇帝陛下はそれを両手の短剣を交えて、最小限のような動きで回避し、反撃を行う。
間合いのリーチで言うならば、当然剣を持った剣士の男の方が有利である。
だが、隙を突いてその懐に入れば、皇帝陛下の方が一気に優勢へと変わる。
常に気の抜けない戦闘がそこにあった。
一撃。
そう一撃だ。
それだけで、両者は相手を致命傷に陥れることが出来るのだから。
気など抜けるはずがない。
文字通りの真剣勝負であった。
「アアああああァーッ!!!」
「イィィィいぃィーッ!!!」
二人が、同時に攻撃を繰り出した。
皇帝陛下の方が明らかに速い。
しかし、剣士の男の方が確実に重い一撃だ。
二人の剣が交差する。
──その結果として、両者の衣服の端がわずかに切断されただけにとどまったのだった。
そこでは決着がつかなかった。
ゆえに、二人は一旦仕切り直すために、相手の間合いから完全に離れる。
二人は同時に、息を吐く。
その後、構えを解いて脱力した。
どうやら戦いは一旦、小休止になるらしい。
そして、今までの一連の流れを見ていた私は、こう思わずにはいられなかった。
──ぜ、全然集中できなかった……。
本来ならば、固唾を呑んでこの戦いの行方を見守るべきなのに。
皇帝陛下のことをきちんと心配しなければならないのに。
けれどずっと私の中には、困惑の感情があった。
その理由は、目の前の二人が先程からあげている叫び声にある。
――え、相手も!?
そう驚いてしまったからだ。
皇帝陛下はまだしも、まさか相手の男も急に変な声を上げるとは思わなかったのである。
もしかして、最近流行っているのだろうか。
私が田舎出身だから、そのことを知らなかっただけなのかもしれない。
けれど、以前に女性兵士たちは、皇帝陛下の叫び声を人が発する声ではないと言っていた気もするし、よく分からない……。
……というか、もしかしてこれ、私も何か叫ばないといけない感じなのだろうか……?
だって、この場で変な声を上げていないのは、私だけなのだ。皇帝陛下も剣士の男も、どちらもちゃんと奇声を発しているのに。
なら、やっぱり私も……?
何だか、そんな気さえしてくるのだった。
なので試しに、小声で呟いてみるけれど、「うーっ」というような感じにしかならなかった。
目の前の二人を見習うなら「ウウーッ!」という形にならなければいけないのに。
やはりコツとかあるのだろうか……? そう思っていると、私の声を耳敏く聞き取ってしまったらしい目の前の二人が、私に対して心配の声をかけてくる。
「どうした娘!? 具合でも悪いのか!! 死ぬなよ!」
「嬢ちゃん! 拾い食いは、ほどほどにしておけよ! 危険が危ないぞ!」
「ちっ、違いますっ!」
私は、必死に否定した。
まさか小声であっても聞かれるとは思わなかった。
恥ずかしい……。
私は、羞恥により両手で顔を隠すことになるのであった……。




