『皇帝』視点 4
──エルクウェッドは、ループに巻き込まれたことによって図らずも自国に多大な貢献をもたらした。
それが、彼が成した人々から偉業と呼ばれる数々の功績である。
例えば、彼が十五歳の時、彼の父──前皇帝が大陸中の腕利きを集めて剣術大会を開いたことがあった。
大会は三日かけて行われ、国内は大きな賑わいを見せた。
最終的に優勝者は、リィーリム皇国の人間が務めることとなる。
──そしてそれこそが、何を隠そう当時のリィーリム皇国皇太子──エルクウェッド本人であった。
皇帝の意向で飛び入り参加を果たした彼は、瞬く間に勝負相手を次々と瞬殺したのである。
これには、国内外問わず、大勢の者が驚愕することになる。
国外の人間は、ただの皇太子である彼が血の滲むような研鑽を積んだ大の大人を容易く打ち負かせるとは思っていなかったし、国内の人間も彼の武芸の腕前は宮廷剣術を嗜んだ程度だと考えていたため「えっ、殿下強すぎない!? えっ、どういうこと!? えっ」と、全員して目を白黒させる結果となったのだった。
そしてその事実に最も驚いたのは、彼を飛び入り参加させた前皇帝であった。
彼としては、「別に負けてもいいから、とりあえず周囲に次期皇帝の存在をアピールしておきたい。相手は皆大人で、こちらは十五歳の子供。一方的に負けても言い訳の弁は立つ」と思っていたところに、優勝。そう、優勝である。
『ええぇ……なんか、わしの息子、知らん間にめちゃくちゃ強くなっているんだが……こっわっ』
内心ドン引きしていたのだった。
そして、肝心の当人だが──
「……五十、回。なあ、五十回だぞ……。最多記録だ……分かるか、五十回だぞ。五十回。ああ、五十回……。五十回だ。なあ、おい」
彼は、右手に木剣を左手に優勝トロフィーを握り、帰還した控え室にて『五十回』を連呼する絡繰り人形になり果てていた。
彼は、椅子に座り、完全に燃え尽きていたのだった。
正直言って、当初の彼の剣の腕前は周囲の評価通りであった。
当然ベストを尽くしても、最初はなすすべなく勝負相手にボコボコにされる。それはもう、見物客が泣けてくるほどの完膚なきまでのボコボコ具合であった。
しかし、彼は運良く(運悪く?)ループに巻き込まれたことにより、同じ相手に最多で五十一回も挑むことが出来たのだった。
彼は同じ時を過ごすうちに、相手の戦い方をすべて把握してしまっていた。
それに加え、格上の相手との真剣勝負。
剣の腕前もめきめきと上達することとなる。
彼は、椅子に座り、うなだれたまま決意する。
──ああ、いつか、絶対にこいつをブン殴ろう。それか、合法的な手段で牢屋にブチ込むことにしよう……。
と。
ちなみに、彼が成したこの偉業は『殿下、剣の腕前ばり強かったやんけ伝説』と呼ばれてしばらく、国中の話題となる。それと当然、国外からのリィーリム皇国及び彼に対する評価もうなぎのぼりであった。
そのほかにも、『殿下、ポールダンス無双事件』や『殿下、IQ一億説』、『殿下、黒光りする害虫絶対駆除するマン』、『ネオハイパーヤブドクター・殿下』といったような一つ一つ挙げていけばキリがないほどに、彼は十二歳の時から数多くの偉業を打ち立てていた。
そして、その全てがループに巻き込まれたことによって得ることとなった功績である。
名も顔も知らぬ他者が有する『祝福』。それが無ければ、現在のエルクウェッドという存在は形作られていなかったと言えるだろう。
が、しかし。
それはそれ、これはこれである。
「――おい、貴様ァ! 今回は流石に許さんからなァ!! ……このッ、ド畜生めェェェええ!!!」
後日またいつものように終了したばかりの仕事を白紙に戻され、エルクウェッドは、相も変わらずブチ切れたのであった。