ちゃんとしているかもしれない後日談 28
「──もう一度聞く。なぜ、貴様がここにいる。貴様は、根っからの剣士だ。暗殺者とは、相容れんはずだろう」
「まあ、確かにそうだ。よく分かっているな。暗殺者なんて奴らは、基本的にこそこそしている奴が多くてあまり好きではない。だがな──」
侍女に扮した男は、楽しそうに笑う。
「奴らから、あんたを殺しにいくから雇いたいと言われた。なら、断れるはずがない」
彼の表情に込められたその感情は、まぎれもなく歓喜そのものであった。
驚くべきことに、今し方彼を殺しにきたと言ったのに、相手からは負の感情が全く見えないのだった。
「なあ皇帝陛下。あんたは知らないだろうが、俺は、この日をずっと待っていた」
「なんだ、そこまで私を殺したかったのか?」
「いいや、そうじゃない。暗殺者共にも、あの時の恨みを晴らす機会だと言われたが、そんなことはどうでもいい。俺は、もう一度、あんたと戦いたかった──」
相手の男は、「あの日のことは今でも鮮明に覚えている」と、しっかりとした声音で言う。
「あの大会で最も強かったのは、間違いなくこの俺のはずだった。優勝なぞ、楽に出来るはずだった。だが、違った。目の前の青臭い小僧に、剣の何たるかを教えてやろうと最初は思っていたが──思い知らされたのは、自分の方だった。なあ、分かるか、皇帝陛下? 完全な格下だと認識していた相手に、自分の思考や手の内を尽く見透かされ、剣筋さえも完全に読まれて、何もできずに敗北した時の気持ちが──そう、最高だ」
彼は、腰から剣を引き抜く。
「もう一度、俺にあの剣を見せて欲しい。あんたの剣筋は、まるで未来でも見えているかのような無駄の無さだった。あれほど美しい剣は、八年経った今でも、まだ見たことがない。だから、あれ以来、あんたがまた剣術大会に出てくれないものかと期待していたが……駄目だった。最近知ったが、あんた、国内での武芸大会は殿堂入りという形で全部出禁を食らっているんだってな。なら、こちらからあんたに会いに行くしかないだろう?」
「……愚かな。それだけの理由で、暗殺者共に加担したのか」
「愚か、か。確かにそうかもしれない。だが、悔いはない。本望だ」
「その、ゴミみたいな女装もか?」
「それは正直、後悔している」
剣士の男は、真顔で言った。
やっぱり女装は遺憾だったらしい。
その後、皇帝陛下は、溜息を吐く。
そして、残念だと言わんばかりの声音で言った。
「貴様には、どうやら、口でどれだけ言っても無意味らしいな」
「流石は皇帝陛下、話が分かる男だ」
「いいや、それは違う」
彼は、手に持っている短剣を男に突きつける。
「貴様は、他の暗殺者共より口が軽そうだからな。だから、さっさと捕らえて尋問して、聞きたいことを吐かせることにする。悪いが、馬鹿正直に相手をするつもりはない」
「おいおい、確かに尋問の訓練なぞ受けてはいないが……そもそも、俺みたいな部外者のような人間に、奴らが重要なことを話すわけがないだろう?」
「当然分かっている。私が知りたいのは、ここまで来るために使ったであろう地下の隠し通路のルートを知っているだけ全てだ。それと、各出入り口の場所もな。今から行く先々で、ネズミが湧くというのなら、どこかで一網打尽にする必要が出てくるからな」
彼の言葉に、相手の男は「ああ、その情報なら俺でも白状できそうだ」と頷く。
……地下通路。
そういうものが、後宮にあったんだ。
皇帝陛下もどうやらその存在を完全に把握していないようであるし、もしかしたらほとんど使われなくなって久しいのかもしれない。
それか、もしくは通路の図面が何らかの理由によって紛失してしまったとか。
いずれにせよ、そのような通路があることは完全に秘匿されていた。
そして、暗殺者たちは、おそらくその通路を用いて、後宮に侵入したのだろう。
その後、私は、先程から二人の話を固唾呑んで見守っていたけれど、思わず、声を上げてしまう。
「……つまり、他の刺客も、こちらに向かっているということでしょうか」
「ん? いや、しばらくは誰も来ないはずだ。皇帝陛下が、三階の窓から飛び降りたとかいう話で、慌てて近くにいた俺らだけがこっちに向かった形だからな」
私の呟きに近い声を、侍女に扮した男性が拾う。
まさか、律儀に答えてくれるとは思わなかった……。
そう思っていると、さらに彼は言葉を重ねる。
「本当なら、後宮内にさまざまな罠やら仕掛けやらを配置していたらしいが、皇帝陛下が飛び降りたせいでそれが全部に無駄になったと暗殺者の一人が嘆いていたのも聞いたぞ」
「そうか、良いことを聞いた。他にも色々喋ってもらう」
「別に良いが、それはこの俺に勝った後で聞いて欲しいところだ」
「さて、そろそろ始めるか」と、男は告げる。
そして、二人は、同時に武器を構えるのだった。
皇帝陛下は、両手にそれぞれ短剣を有している。
対して、相手の男が持つ剣もまた木剣ではなく、完全な真剣。
どちらも相手に、一撃で致命傷を与えることが可能である。
つまり、それは完全な命のやり取りを意味しているのであった。
「皇帝陛下……」
「問題ない、すぐ終わる。少し下がっていろ」
私の言葉に、彼はいつも通り余裕の態度で応える。
故に、今の私は彼の無事を願うことしか出来ない。
私が声をかけてすぐ。
皇帝陛下も剣士の男――両者は、強く睨み合う。
そして、
「アアーッ!」
皇帝陛下が、景気付けと言わんばかりに、いつものように突如奇声を上げた。
しかし、今回はいつもと一つ違う点があった。
それは、
「イィーッ!」
相手の男もまた急に変な声を上げたのである。




