ちゃんとしているかもしれない後日談 27
皇帝陛下の言葉に、侍女に扮した男は、「確かに、それはそうだな。忘れていた」と、面白そうに笑った。
「だが、あれだな。この格好で名乗るのも何だか、剣士として些か恥な気分になってくる。そうだな、こう言うか──」
そして相手は、皇帝陛下をまっすぐに見据えて、告げる。
「久しぶりだな、皇帝陛下。俺は、八年前の剣術大会で、あんたと一回戦で当たった相手だ──」
その言葉に、私は内心で「え?」と、驚いてしまう。
確か、その大会は、皇帝陛下が優勝したはずの大会だ。
なら、目の前の人物は、彼と戦って初戦敗退した相手であるということになる。
なので、私としてはこう思ってしまったのだった。
……え、それはさすがに皇帝陛下は、覚えていないのでは……?
と。
決勝戦や準決勝戦で戦った相手なら、覚えていても別におかしくはないと思うけれど、一回戦はさすがに難しいと思う……。しかも、八年前のことなのだ。
彼が酔って暗殺者を捕まえたという話は七年前のものだったが、目の前の相手はそれよりも一年も前で、なおかつ捕らえられた暗殺者よりも、インパクトはなかったはずだ。
私なら、絶対に覚えていない自信がある。
そう思っていると、
「──何、だと……?」
予想外なことに、皇帝陛下は、相手の言葉にそのような反応をかえしたのだった。
どうやら、彼は一回戦の相手をちゃんと覚えていたらしい。凄すぎる。
彼は、とても驚いた様子であった。
何をそんなに驚いているのだろうと思っていると、戸惑いを隠せないといった表情で彼は相手に言葉をかける。
「馬鹿な、なぜ貴様がここにいる。しかもそんなクオリティーの低いゴミみたいな女装をして……」
「お、まさか覚えていてくれたのか。嬉しい限りだな」
「当然だ。貴様には、あの時、五十一回も世話になった。忘れるものか」
その言葉に、私は「あっ」と理解してしまう。
……ああ、なるほど。どうやら彼が目の前の相手を覚えていたのは、私のせいであったらしい。
確かにあの時は、五十回ほど巻き戻った記憶がある。
国をあげて剣術大会を開催したことにより、皇都中、お祭り騒ぎだったのだ。
その時に家族で私は皇都に訪れており、そして──私は至るところで死んでしまった。
どこもかしこも死に繋がる不幸だらけで、ものすごく大変だった記憶がある。
少し道を歩けば、馬車にひかれたり、通り魔に襲われるのは当然であったし、宿の窓から顔を出せば、上から植木鉢が降ってくるし、ベッドの中には普通に毒蜘蛛がいたりと、とにかく気を休める暇もなかった。
一体、短期間でどれだけ様々な死に方を経験したのか正直覚えていない。
しかも、それが滞在中、絶え間なく続いたのだ。
それで、結局三日間皇都に訪れて、それぞれ一日で五十回ほど巻き戻ってしまった。
何もかもが偶発的で刹那的に引き起こされたものばかりであったため、残念ながら長期的なループもそこまで効果的ではなかった。
何度も同じ状況に陥るというわけでなく、死を回避したらすぐ別の要因で死んで、それを回避したら、また別のことで死んでしまうというような、とにかく数をこなすしかない状況であったのだ。
一応、完全な回避手段として、そもそも皇都に行かないというものがすでに考えついていたけれど、しかし、皇都に行ったのは私自身の用事――お茶会用のドレスを仕立てるためだったので、私がいないとどうしても始まらなかったのだった。
故に、私はあの時何度も死んでしまった。
なので、あれ以来、人の多い場所は極力控えるように決めたのだった。
「は? 五十一回? 何の話だ? あんたは俺を瞬殺しただろう」
「――ああ、そうだったな。何でもない、こちらの話だ」
……そういえば、今思い出したけれど、皇帝陛下の一回戦目の相手は優勝候補とか言われていたっけ。
確か、そんな下馬評のような話を皇都に訪れた当初に聞いた記憶がある。
試合が始まる前は、大会前日に当時皇太子だった彼が飛び入り参加を決めて、「殿下、かわいそう」と人々から同情されていたはずだ。
それと「まあ、優勝候補の人と当たるなら、怪我しないようにきちんと上手く手加減してもらえるでしょ」とか言われていたような気がする。
結局私は、剣術大会を観に行っていないので、最終的な優勝者が皇帝陛下となったということを実家に帰ってから知ったため、「嘘やん! 殿下、ばり強かったやんけェ!!」と人々が口にしたという現場を目にはしていない。正直、沢山の死を回避するために忙しくて、それどころでは無かったのだ。
そもそも、皇帝陛下が最初、剣の腕についてどれほどのものであったのかも知らない。
しかし、おそらくは、一回戦の相手であるこの目の前の人物に勝てたかと言うと、実のところ難しいものだったのではないかと思う。
けれど、とにもかくにも、これだけは確実に分かっている。
当時のループの中で、彼が最も剣を交わしたのは、今目の前にいる相手だ。
ならば――
彼にとって、もしや目の前の人物は、剣術を教わった師匠のような存在と言えるかもしれないのだった。




