ちゃんとしているかもしれない後日談 26
二人の侍女の恰好をした暗殺者が、皇帝陛下に向かって、駆け出した。
同時に彼も前に出る。
それにより、数瞬後に、両者は自身の間合いに敵をおさめることになった。
先手を取ったのは彼ではなく敵の方であった。
侍女の一人が、彼に対して素早い動きで短剣を突き出した。
けれど、彼はそれを最小限の動きで交わして、相手の鳩尾に、短剣の柄頭を叩き込む。
それにより、一瞬にして一人が沈んだ。
もう一人は、それを見て、苦々しい表情を浮かべながら、彼に切りかかる。
狙いは、彼の首であった。
しかし、それもまた最小限の動きで躱して、同時に彼はカウンターの要領で鋭い蹴りを叩き込む。
それにより、相手はよろめく。
そしてその機会を彼は絶対に逃さない。
彼は、相手の短剣を打ち払うようにして、弾き飛ばし、その後、短剣の柄頭で相手の頭部を殴りつけたのだった。
──これで、相手二人は戦闘不能となった。
あっという間であった。
彼は、暗殺者を瞬殺してみせたのだ。
それは、先ほどの妃に化けていた暗殺者や女性騎士たち三人の時のような不意打ちによるものではない。
また、大きな刈込鋏の刃を鳴らして走ってきた庭師に化けた者を相手にした時のように、虚を突いたわけでもない。
正真正銘、真っ向からの撃破。
彼は、先ほど様々な武芸の大会で優勝してきたと語っていた。
……けれど、まさかプロだと思われる暗殺者二人を真っ向から、しかもあっさりと倒してしまうほどの力量の持ち主だったなんて……。
今更ながら、そう思わず、大きく驚いてしまう。
彼は、崩れ落ちて、意識を失った敵二人をそれぞれ一瞥した後、苦い顔をする。
「……また男か、此奴等も。先ほどから女の恰好をした男ばかりだな。女装趣味の変態しかおらんのか、私の命を狙う奴らは」
そして、その後彼は「しかも一目で分かるほどに、変装の質が悪い。なんだ、これは。私の方が、遥かに上手く女に化けられるぞ。――何なら、今すぐ手本を見せてやろうか? ああ、くそっ、無性に苛つくな……」と、憤るのだった。
「……もう二度と侍女に化けるつもりはないと思っていたが、こんなくだらないものを見たせいで、気が変わってしまいそうだな。本当に不愉快極まりない……」
「えっ」
そう、彼は、何か凄くとんでもないことを呟く。
そのため、
――皇帝陛下、侍女になったことがあるのですか……?
と、思わず、そう言葉にしてしまいそうになったが、ぐっと何とか踏み止まることに成功したのだった。
……いや、駄目だ。彼をこれ以上、変な人にしてしまったら。
彼には何度も命を助けてもらった。本当に命の恩人だ。
なのに、何も考えずに自分の気になったことを質問してしまうと、そんな彼に対して恩を仇で返す行為になってしまう気がする。
故に私は今後、頑張って自重しなければならない。
何しろ、つい先程それをしてしまったせいで、彼がパンダとの格闘経験を有している上に、レッサーパンダと威嚇勝負も行なったと言うことを知ってしまったのだから。
……間違いなく、私のせいで、現在進行形でどんどん皇帝としての威厳が損なわれている。
このままでは、一万回どころか百万回死んでも足りなくなってしまう。
そう思っていた時だった。
「――ああ、やっぱり、そいつらじゃあ、駄目か。流石は、皇帝陛下だな。恐れ入った」
そう、男性の声が聞こえてきたのだった。
私は、そちらに視線を移す。
すると、やはり先程の侍女に化けた暗殺者たちと同じく、突然現れたような形で、一人の人物が離れた場所に立っていたのだった。
そして、その人物もまた例にもれず、女装していた。彼もまた侍女の格好をしていたのだった。けれど、その腰には一本の剣を携えている。
それを見て、皇帝陛下は、「またクオリティーが低い……!」と、なぜか歯をぎりりと噛み締める。
しかし、彼は自身の心を無理やり自制させたのか、至って冷静な様子で侍女に扮する男性をまじまじと見つめて、「貴様は……」と、声を上げる。
「何者だ。名乗れ」
「おいおい、昔、一度会ったことがあるだろう? 覚えていないのか? 悲しいな。他国の人間で、まして平民は、眼中にないってことか?」
侍女に扮した男性は、そう馴れ馴れしい様子で皇帝陛下に声をかける。
それに対して、彼は――
「いや、今の貴様は普通に化粧が厚くて、純粋に顔が全然分からん」
そう、正直に告げたのだった。




