ちゃんとしているかもしれない後日談 25
ジャキン、ジャキンと、身の毛もよだつような金属音を鳴らして、庭師の女性は笑顔でこちらに向かって全力で走ってくる。
現在、私たちがいる場所は、一本道。
私たちと、現在走ってくる庭師の女性との間に曲がり角は、ない。
道の両端は、高い生垣で囲まれている。
そのため、逃げ場はなかった。
おそらく、皇帝陛下が私を置いて来た道を引き返せば、確実に彼の足ならば逃げ切ることが出来るだろう。
けれど、彼はきっとその選択肢をとることはない。
現に彼は、向かってくる庭師の女性を、強く睨みつけていたのだった。
その後、彼は「ふん、やはり間に合うか」と、鼻を鳴らす。
そして、
「──アアーあッ!!」
いつものように奇声を上げて、彼もまた向かってくる相手目掛けて、全力でダッシュするのだった。
当然、二人は、途中で真正面からぶつかり合うこととなる。
けれど、忘れてはならない。向かってくる庭師の女性は、大きな刈込鋏を持っているのだ。
対して、皇帝陛下は、無手。
当然不利な状況であるのは、彼の方であった。
しかし、
彼は、その鋏の両の刃が自身の身体を捕らえる直前に──
──足の力を抜いて、姿勢を低くしたのである。
ジャキン、と刈込鋏が宙を斬る。
慣性に従い、両者の勢いは止まらない。
彼は、自身の足を先にして庭師の女性に突撃する。
そう、その態勢は、完全に綺麗なスライディングである。
庭師の女性は、スライディングによって自身の両足を払われ、そして、
「フグゥ!」
変な声と共に、地面を前転するようにしてごろごろと転がったのだった。
その反動で、鋏がすっぽ抜けて、少し離れた地面に突き刺さる。
そして、彼はその時には、すでに態勢を立て直していた。
立ち上がった彼は、すぐさま倒れる女性に飛び掛かる。そして、素早く彼女を拘束したのだった──
♢♢♢
「──よし、こんなものだろう」
彼は、一息ついて、立ち上がる。
そして、近くにあった刈込鋏を地面から引き抜くと、側の生垣の中に力強く突っ込む。
鋏は生垣の中の無数の枝に引っ掛かり、これでそう簡単に取れないと言わんばかりに、封印されてしまったのだった。
「しかし、この者も男だな。一体どうなっている?」
「え、あ、本当ですね……」
確かによく見ると、この女性もまた、変装を行っている男性であった。
「男子禁制の後宮に、男がこうも易々と侵入出来るとはな。警備隊に賊が紛れ込んでいたとはいえ、ここまで警備が杜撰だった覚えはないぞ」
「確かに、どうしてなのでしょう……? どこかに大きな穴のような入口が開いているとか?」
「いや、そんなことは……ああ、それは確かに一理あるかもしれんな」
彼の呟きに、私は「えっ?」と声を上げてしまう。
完全な思いつきだったのに、彼はそれを一理あると肯定したのだから。
「だが、それが本当だと、かなり面倒なことに――アアーッ!」
彼は話している最中、またしても突然奇声を上げたのだった。
そして、私を庇うようにして、私の背後に素早く回る。
「皇帝陛下!?」
驚きながら、私が振り向くと、彼は両手にそれぞれ一本の短剣の柄を握り締めていたのだった。
まるで、こちらに向かって投げられたその短剣を今し方空中で掴んだかのように。
いや、事実そうだった。
彼の視線の先を確認すると、そこには二人の女性がいた。
私たちから少し離れた位置に立つその二人の女性は、侍女の格好をしていた。
彼女たちは、それぞれ片手に短剣を構えていたのであった。
私は、それを見て驚愕する。
だって、今まで私たちの後ろには誰も追いついてきてはいなかったのだから。
なのに、彼女たちは突然、現れた――
一体どうやって……。
「……ああ、やはりな。まあ、いい。貴様らも、さっさと片付けてやる。来い、ネズミ共」
彼は、大胆不敵に挑発する。
そして、「何人いようと変わらん。パンダとレッサーパンダに勝ったこの私を、簡単に仕留められると思うなよ?」と言って、掴んだ短剣を構えるのだった。




