ちゃんとしているかもしれない後日談 24
宮園内を早足で進みながら、私と彼は、小声で雑談のように言葉を交わす。
「──その、パンダ、お好きなのですか?」
「ああ。あれには敬意を抱いている。以前に何度か、戦ったことがあってな。かなり手ごわい相手だった」
「確かに。強烈な突進を行ってきますよね……」
「まあな。やはり、質量というものは強力な武器だ。成長した個体の体長と体重は、成人男性のものとそう変わらん。力ももちろん、あちらの方が上だしな──うん……? なぜ、貴様がパンダの突進の威力を知っている?」
「実は昔、皇都の動物園に行ったときに、いくつかの檻や柵から動物が脱走する事件がありまして、その際に……」
「おい、待て。その時は、現場に私もいたぞ。まさか貴様っ、あの場にいたのか……!?」
「えっ、もしや、パンダの突進を真正面から受け止めていたあの方は、皇帝陛下だったのですか……!?」
知らなかった……。
なので、思わず驚いてしまう。
あれは私が十一歳の時だった。
父と兄に連れられて訪れた動物園で、五度ほど、突然脱走したパンダの突進を受けて、私はループしていた。
なので、その後はパンダの檻に近寄らないようにしていたのだが、遠巻きに、私が受けるはずだったパンダの突進を真っ向から受け止めている青年を見かけて「え、凄すぎる……」となったのは、今でもきちんと覚えている。あれは、本当に衝撃的だった。人って、暴れた大型動物と張り合えるんだ……と、思わず戦慄したのだ。
そして、あれは皇帝陛下その人だったのか……。あの時は、彼の後ろ姿しか見えなかったから、身分の高そうな人だとしか判別出来なかったけど、そうだったのか……。
「くそっ! 気づかなかった……!! 貴様、あの時、どこにいた!?」
「ええと、別の場所で、壊れた柵から脱走したゾウに襲われていました……。皇帝陛下の位置からでは、多分、私の姿は見えなかったと思います……」
その直後、パンダの突進を回避したと思ったら、ゾウに追いかけ回された。
割と全力で逃げて粘ったけれど、結局突進されてループしてしまったのだ。
なので、彼がパンダと決着をつける程度の時間は稼げていたと思う。
それを五回繰り返した。
そのため結局、私が取った完全な回避手段は、動物園に行かないことだった。
行けば、必ず私は、何らかの動物に襲われてまたループしていただろうから。
すると、彼は嫌なことを思い出すようにして、呻く。
「……あの日、私はパンダと格闘する前に、十回も、成り行きでよく分からんままレッサーパンダと威嚇勝負をさせられていた」
「レッサーパンダと威嚇勝負!?」
確かに意味が分からない。
私も、びっくりしてしまう。
「そうだ。突然、檻の中から一匹のレッサーパンダに何故か激しく敵意を向けられた上に、近くにいた子供から『ねえ、ママー? 殿下とレッサーパンダって、どっちが強いのー?』と言われたのだから、やるしかあるまい」
彼は、「まあ、いい、過ぎたことだ。それに、いずれ皇帝となる者ならば、レッサーパンダに勝てて当たり前だしな」と、呟く。
そして、
「そうか……あの場に貴様、いたのか……」
とショックを受けた様子であったが、私もまた皇帝陛下のエピソードを聞いたことで「皇帝陛下が、レッサーパンダと威嚇勝負……」と、色んな意味でショックを受けることとなってしまったのだった。
♢♢♢
そして、言葉を交わして数分が経過した。
すると、突然、皇帝陛下が手で、「待て」と私に合図を送る。
そのため、私は息を殺して立ち止まる。
──一体何が?
そう思っていると。前方から、女性が一人歩いてきたのだった。
その恰好から、庭師だと分かる。
けれど、何だか様子がおかしいような……?
そう思っていると、彼女は、こちらを見てにっこりと笑い、片手に持っていた大きな剪定に使うような刈込鋏を両手でしっかり握って構える。
そして、刃をこちらに向けて、ジャキンジャキンと音を鳴らした。
そして、
二つの刃を開閉させながら、そのままこちらに向かって全力で走ってきたのだった──




