ちゃんとしているかもしれない後日談 21
──ああ、どうしよう、これ……。
皇帝陛下を弁護しようとしたら、全然弁護できなかった。
というか、更なる疑念を、女性兵士たちに与えてしまった……。
皇帝陛下はいつも、上手くいっていたのに。けれど、私は上手くいかなかった。
今まで助けられてばかりだったから、少しでも彼の力になりたかったのに。
それなのに私は、失敗してしまったのだ。
「申し訳ございません、皇帝陛下……」
「まあ、いい。気にするな。それに少しばかり、私もはしゃぎすぎたな。すまなかった」
彼は、そう私の言葉に返すのだった。
「気づいているか、娘。今、兵士たちは皆、私を動物園にいるパンダだと認識している」
「パンダ、ですか?」
「そうだ。私は、今までに幾つもの功績を上げて民衆から多大な支持を得てきた。しかし、周囲には、私の力を恐れる者も当然いる。大抵の人間は、普段は、そうだとおくびにも出さんがな」
「そうなのですか……?」
「そうだ、考えてもみろ。自慢ではないが私は、剣術、槍術、弓術、格闘術、それ以外のいくつかの武芸でも国の大会で優勝を果たしている。普通に考えて、そのようなことなど有り得んだろう? 一人の人間が、出来る範疇を完全に超えている。もはや、周囲の他者から見れば人かどうかも怪しく見えるだろう。だからこそ、私はパンダなのだ。檻の外から見れば、人気のある見た目をしているが、しかし檻に入った飼育員にとっては命がけの仕事になる。何しろ、パンダは熊の仲間で雑食だ。腹が減って本能に任せれば、人だって襲うかもしれん。そしてこの場合、飼育員は、目の前の兵士たちを指す──とまあ、たとえが分かりにくかったかもしれんが、そういうことだ」
確かに、言われてみればそうだった。
皇帝陛下は、おかしそうに小さく笑う。
「一応、聞いておく。この状況は、私のせいか。貴様のせいか。一体、どちらだと思う? 私は、暗殺者より恐れられているぞ? 普段なら、百歩譲って分からんでもないが、この状況でだ。どう見ても、兵士たちは正常な判断をしていない」
「……分かりません」
「ならば、両方の責任にしておくか。痛み分けというやつだ」
彼は、「もうこの際、どちらでもいいな」と、大きく息を吐く。
「あの者の仲間に何か吹き込まれたのか、または仲間があの兵士の中に紛れ込んで扇動しているのか、それとも単に今までの私への鬱憤が爆発したのか、貴様の『呪い』の効果かは知らんが、まあ、いい。おそらく、その全部だと考えておけば、単純で後で考える必要が無い分楽だ」
彼は、「出来る限り穏便に行きたかったが、難しいようだし、もういいか」と、吹っ切れたかのように言葉を紡ぐ。
「これも自慢ではないが、私は、常に手を抜いたことがない。たとえ貴様の力に巻き込まれても、常に全力を尽くしてきた。だから、私はいくつもの技術を獲得したというわけだ。ただ流れ作業で物事をこなしても、何も身には付かんからな。……だがまあ、時には私にも何もかも面倒だと思ったり、羽目を外したくなることがある。たとえば──」
彼は、
「──このようにな」
突然、懐に手を入れて、小さな小瓶のような物体を女性兵士に向かって無造作に投げつけたのだった。
「なっ」
隙を突かれた女性兵士は、すぐには反応出来ない。
小瓶から、放出された粉をまともに、上半身に受けてしまう。
そして、その小瓶の中身は──
「護身用の胡椒だ。かなりの高級品だぞ」
直後、彼女たちは、うめくようにして顔を押さえるのであった。
当然だ。大量の胡椒が目に入ったのだから。
凄く痛いにきまっている。
私は、思わず顔を顰めてしまうのだった。
ええと、これ、やりすぎでは……?
そう思うけれど、彼は私の思ったことを予想していたのか、鼻を鳴らす。
「貴様はあまり実感が湧かなかったか。言っておくが、この者共は、皇帝である私に逆らった。まあ、つまり──顔面胡椒の刑に処したまでだ」
彼は「本来なら間違いなく重罪だが、私は寛大だ。今回はこの程度で済ましてやる。だが次はない。──絶対にな」と底冷えする声音で言った後、よろける女性兵士たちに、音もなく近づくと、一人ひとり気絶させていく。
そして、あっという間に三人の女性兵士を倒してしまうのだった。
……彼が何をしたのか、全然見えなかった。
私が驚いていると、彼は、倒した女性兵士を一人ずつ観察するように、視線を向ける。
「ほう、幸先がいいな。また一人見つけたぞ」
そういって、ひとりの女性兵士を縛り上げるのだった。それは、先程皇帝陛下とよく言葉を交わしていた者だ。
「先ほどの奴より、変装の出来がいいな。それに、振る舞いの練度も高かった。おそらく大分前から、紛れ込んでいたな。入れ替わったのは妃たちが後宮入りする直前からか? まじまじと見なければ、分からなかった」
そう言って、彼は楽しそうに、女性兵士だった相手の鬘を取り、手慣れた手つきで化粧を剥がしていく。
そこには、一人の女性がいた。けれど、顔つきや髪色が、明らかにこの国の人間ではない。
この国で生まれた者は皆、どうしてか黒髪の者が多い。
彼女の髪は、この国の者ではありえない金髪であった。
「もしや私の妃選びの話が上がった直後から仕込んできたのか? なかなかの仕上がりだったな、先程の振る舞いは。どうやら、よほど私のことを殺したいと見える」
彼は、そう推測すると、次に倒れている女性兵士二人に目を向ける。そして、呆れた視線をした。
「変装元となった者もそうだが、この者たちもまだ鍛錬が足りんな。特に、精神面だ。同じ日を何度も繰り返す修業が私としてはおすすめで手っ取り早いと思うが、この者たちが受けられないのは残念極まりない。仕方ない、後で将軍に鍛えてもらうとしよう」
そう言った後、「では、行くか」と、私に声をかける。
「宰相の元に行くのは変わらん。だが、道中にネズミが出たなら、駆除させてもらおう。これでも、下町の奥様方には、害獣や害虫駆除の腕を褒められたものだ。任せておけ。──ああ、それともちろん、私の傍を離れるなよ? もはや、兵士もあてに出来ん。出会った者は皆、敵だと思え」
「分かりました。……あの、皇帝陛下」
「何だ?」
「今、怒っていますか?」
彼は、
「当然だ。今の私は、ブチ切れている。それに、言っただろう。──全て叩き潰す、と」
そう、言いながらも、恐ろしく晴れやかな雰囲気で、とてもさわやかな笑みを浮かべたのだった。




