ちゃんとしているかもしれない後日談 20
皇帝陛下は、この状況を不味いと、称したのだった。
ゆえに、内心首を傾げることになる。
その意味が理解できなかったからだ。
そう思って、皇帝陛下を見ると、彼は小さく舌打ちして、こちらを警戒する女性兵士たちに言葉をかけた。
「悪いが、その話は後にしろ」
「──確かにそのようですね。しかし、陛下、その床に倒れている女性は一体……?」
「賊だ。化粧で化けているが、れっきとした男だぞ」
「なんと……!? よくぞ、ご無事で!!」
そう言って、女性兵士たちは、慌てた様子で彼に駆け寄ろうとしたが、ある一定の距離まで行くと、彼女たちはぴたりと足を止めたのだった。
「どうした、貴様ら?」
「いえ、その、大変申し訳ありませんが……出来れば、十歩ほど後ろにお下がりいただければ幸いでございます……今すぐこの者を連行いたしますので。それと、周囲の警備を強化するように、他の兵士にも伝えましょう」
「……なるほど、分かった」
彼は一人の女性兵士の言葉に頷くと、素直に「おい、下がるぞ」と、私に声をかけて十歩後退したのだった。……女性兵士たちから離れる形で。
すると、女性兵士は、三人ほど前に素早く出て、ささっと捕らえられた暗殺者を立たせて、強引に歩かせる。
そしてその際に暗殺者は、「見物だな」といった顔を、こちらに向ける。
「──なるほどな。忌々しい真似をする」
皇帝陛下は、それを見て、そう呟いたのだった。
そのまま暗殺者は、大人しく女性兵士たちに連行されていった。
……一体これはどういう状況だろう?
そう思っていると、皇帝陛下は私に対して小声で言った。
「どうやら、私を狙って二の矢が放たれたようだ。これは、なかなかに厄介だぞ」
「皇帝陛下、これは一体……?」
「──私は、生まれてこの方、一度も飲酒をしたことがない。だが、巷ではなぜか酒癖がおそろしく悪いと評判になっている。ゆえに、」
この場に現れた女性兵士は、全員で八名であった。
三名が、先ほど暗殺者を連れていった。
そして、その後、二名が周囲の警備の強化のため、離れた。
残りは、三名。
「──この兵士たちは、何としてでも、私を一旦拘束しようとしてくるぞ」
そう、私に告げたのだった。
なので、私は「そんな、まさか……」と、女性兵士たちの方に視線を向けると、
「あ……」
思わず、呟いてしまう。
彼女たちの目には、明らかな怯えの色があったからだ。
……ああ、これ、あれだ。
昔、父と兄に連れられて動物園に行った際、偶然動物たちが脱走するというハプニングに見舞われた入園者たちと同じ目をしている。
ちなみに、あの時は、色んな大型動物に突進されて十回以上、ループしたなあ……。
そう、つまり何が言いたいのかというと、私から見て、女性兵士たちは、現在皇帝陛下を完全に檻から放たれた猛獣扱いをしているように見えたのだった。
もしくは、山の中で偶然に遭遇してしまった野生の大型獣を見る目か。
いずれにせよ、彼女たちは、ひどく警戒していた。
正直に言って、先ほどの暗殺者よりも──
今の彼女たちにとって、皇帝陛下こそが最も脅威なのだと、そう認識しているかのようだった。
なので、皇帝陛下は、一度、大きく息を吐くと、「落ち着け、貴様ら」と、ゆったりとした口調で彼女たちに話しかける。
彼は、会話を試みたのだった。
「私は、酔ってはいない。完全な素面だ。よし、この言葉は、理解できるな?」
「もちろん理解できておりますが、その、大変申し訳ございませんが証拠がないと、信用は難しいかと……」
「そうか。一応言っておくが、私の顔は赤らんでいないし、私の息は酒気を帯びていない。それは十分な証拠になるだろう。さて、この場合だと、貴様らは、どう判断する?」
「そうですね……。その、大変、申し訳ございません……。一度、皇帝陛下の両手両足を十分に拘束させていただいて、その上で両目と口も布で塞いでから……その確認をさせていただいてもよろしいでしょうか……?」
いや、それはさすがに慎重がすぎる……。
どう考えても、一国の主に対する扱いではない。
なぜ、彼女たちは、そこまで厳重な拘束を行わないと、彼に近づくことが出来ないのだろうか。
一体、彼が何をしたというのか。
極悪な犯罪者だって、もっと人間らしい扱いを受けるはずだ。
そう思っていると、彼は「悪いが、それは今は出来ん」と、声を上げる。
「今は、この娘から離れられん。目を離すと、この娘は、すぐに死にそうになるからな」
「……つまり、そのお方は、もしや人質という解釈をしてもよろしいでしょうか……?」
「いや、駄目だ。思いっきり曲解しているぞ。きちんと、私の言葉を理解してくれ。本当に頼むからな?」
彼は、やや切実な声音で言った。
「とにかく、私は今酔っていない。ここ最近は、水と茶とコーヒーとりんごジュースぐらいしか口にしたことがないと、この名に誓おう」
「え、りんごジュース……?」
なんか、皇帝陛下の口からそのような何だか可愛いらしい単語が出てきたので、思わず呟いてしまう。
すると、彼は「自家製だ。美味しいぞ」と、私に答えた後、女性兵士たちに、言う。
「それに私が今正気なのは、この娘が何よりの証拠だ。そうだろう?」
「それは、確かに……。皇帝陛下が、本当に酔っていたならば、今頃そのお方は、八つ裂きにされていてもおかしくはありませんからね」
……いや、どんな評価なんだ、それは。
彼女たちは、皇帝陛下を何だと思っているのだろう……。
彼は、優しく頼り甲斐があって、今すぐ妃として他国に嫁げるような凄い人であるだけなのに。
私は、そう思いながら、女性兵士たちに、「皇帝陛下は、酔っておりません」と、声を上げる。
「私が、証人となります。それでどうか、ご理解ください」
そう言うと、女性兵士たちは、互いに顔を見合わせる。
そして、「ええと、では」と、私に声をかけた。
「先程から、人のものとは思えないような雄叫びに似た声が何度も廊下から聞こえたと報告があったのですが、それについては皇帝陛下ではないと、証言していただけるのでしょうか?」
「え、あっ! それは、その……」
不味い。それについては証言が出来ない。
私は、押し黙るしかなかった……。




