ちゃんとしているかもしれない後日談 18
目の前で捕らえられている人物が身に着ける簪は、本物だと、皇帝陛下は言った。
なら、その簪の持ち主は、もう死んでしまっている可能性があるのではないか……?
そう思っていた。
けれど、彼は私の考えを「まだ大丈夫だ」と、否定してくれる。
彼は、捕らえた人物に、「おい、七年振りだな」と、声をかけた。
「貴様らの『父』には、以前世話になった。貴様もそれは、よく覚えているだろう?」
「……!」
その言葉に、捕らえられた人物は、わずかに反応を示す。
彼は、それを見逃さない。
「ああ、やはり貴様。あの暗殺者の『家族』か。道理で、手口が似ていると思った。まあ、あの時の奴より、変装が杜撰で見破るのも容易かったがな。──それでどうした、技術の質が落ちているぞ? それとも、貴様が未熟なだけか? せめて女の『家族』を使えば、まだ仕事をこなせた可能性はあるのに、なぜそうしなかった? ん?」
そう、相手を挑発するように声をかける。
ゆえに、
「黙れ! 運よく我が『父』を捕らえた酔っ払い風情が!」
そう、捕らえられた暗殺者は、怒りを露わにするのだった。
その言葉に、皇帝陛下は楽しそうに鼻を鳴らす。
「そうだな、あれは傑作だったな。当時この大陸で最も恐れられていた暗殺者集団の長が、ただの齢十六の小僧に、公衆の面前で取り押さえられて、その上変装まで剝ぎ取られたのだからな。滑稽にほどがある。未だに、あの時のことは、我が国では笑い話として語り継がれているぞ。どうだ、光栄だろう?」
「黙れ黙れ!! 殺してやる!! 絶対にな!!」
「ほう、貴様の仕事は私を殺すことだったのか。それは良いことを聞いた。感謝しよう」
彼は、怒りで興奮する暗殺者から、視線を私に向ける。
そして、「どうやら尋問するまでもなかったな」といったような半ば呆れた表情を向けてくるのだった。
「この者たちは、変装元となる人間を最後まで生かしておく。それは仕事以外で命は奪わないというような心情に沿ったものでなく、ただ単にその方が罪を擦り付けやすいというだけだがな。たとえば、暗殺の実行犯が捕まらなかった際、場合によっては、見せしめとして、変装元となった人間を処罰するしかなくなったという事例が他国には幾つもある。ゆえに探せば、すぐに見つかるだろう。依頼人については、今はいい。後で口を割らせる──ああ、それとどうやら、今回のこれは、私目当てらしい。なら、他愛もないな」
そう、彼は余裕の表情を浮かべるのだった。
つまり彼は、私が経験するはずだった『今日』の分の最後の死に繋がる不幸が、今回に関してはこの暗殺者の襲撃に変化したのだと考えているようであった。
その理由は、おそらく、皇帝陛下自身が私と関わったから。
──そして、それを防げば、私は今日もう死ぬことはないはずなのだと。
この暗殺者は彼自身を狙っている。
ゆえに、私を直接狙うことはないということでもある。
だから、彼は先ほど他愛もないといったのだ。
私の死を防ぐよりも、まるで自分の死を防ぐことの方が簡単なのだと言うように──
「……危険です、皇帝陛下」
そう、思わず声を上げた。
「何が危険だというのだ」
「後宮には、男性は皇帝陛下しか入ることが出来ません。なら、必ず手引きした者がいるはずです。先ほどの毒蛇もこの者が放ったわけではないかもしれません」
「当然、理解している。この暗殺者を捕らえたところで、終わりではないということもな」
「なら──」
「──だから、全てを叩き潰してやるまでだ」
そう、彼は言う。
「二度と私に害意を抱けないようにしてやる。この私に刃向かえば、どうなるのかを身をもって思い知らせてやろう」
そう、泰然自若とした様子で、彼は宣言したのであった。
「皇帝陛下……」
その姿はとても格好良かった。頼もしかった。
眩しかった。嬉しかった。
……けれど、残念ながら彼の顔を見るたびに、私の脳裏には、先程から、急に変な声を上げて女装出来る人というイメージがチラついて、どうしても消えてはくれないのだった。




