ちゃんとしているかもしれない後日談 16
――この場に、私一人しかいない場合、確実に私を狙ったものだと分かったが、今回はそうではない。
私は、『呪い』によって命を狙われるが、皇帝陛下はその身分によって時に命を狙われることがあった。
何しろ昔、彼は暗殺者を捕らえた経験があるのだから。
――お酒に酔ってドロップキックした相手が偶然にも自身を狙っていた暗殺者だった、という話は私の地元の田舎でも有名だ。なので、流石に私でも知っている。
それに、今回に関しては直接的に私が殺されるのではなく、皇帝陛下を手にかけたという冤罪を着せられて私が殺されるというパターンも十分考えられた。
皇帝陛下の問いかけに、拘束された女性は、黙り込む。
「──当然そうすぐには吐かんか。まあ、後で尋問にかけてやるから、その時にたっぷり話すといい。ああ、それと、自殺しても無駄だぞ? 死んだ後は、貴様の死体をゆっくりと調べて存分に情報を吸い出してやるからな。これでも解剖には自信がある。死体は何も喋らないという認識を持っているのなら、それは大間違いだ」
彼は、冷たい視線で女性を見下ろしながら、そう言ったのだった。
ひたすらに、彼の声音は凍えていた。
初めてだった。
彼のこのような姿を見たのは。
多分、私は今まで思い違いをしていたのだろう。
私は彼を、何でも出来て、急に変な声を上げる私のループに巻き込まれていた私を守ってくれる優しい人物としか見ることが出来ていなかった。
違う。そうではない。
私の目の前にいる彼は――リィーリム皇国現皇帝エルクウェッド・リィーリムその人なのだ。
私は、それを再認識することになったのだった。
「とりあえず、此奴は女性兵士に引き渡すか。――おい、貴様。ちゃんと生きているな? 立ったまま死んではいないよな……?」
私が考え事をしていると、そう、彼が不安げな声で聞いてきた。
なので、「はい、生きてます、生きてます皇帝陛下っ!」と、返事をかえす。
「――しかし、皇帝陛下は何故この女性が、刺客だとお分かりになったのでしょうか?」
おそらく決定的な何かがあったのだろう。
私も、見たことがない顔だと思ったけれど、まさかここまでの害意を持っているとは微塵も思っていなかった。
なぜ彼は、見たことが無い顔だからと言って、即座に危険な存在であると判断出来たのだろうか。
私が彼なら、あれ? 自分の勘違いかな? と思って、そのままスルーしてしまっていただろう。
そう思っていると、彼は応じる。
しかし、それは答えではない。
問いかけであった。
「――娘、貴様には、この者が女に見えるのか?」
と。
「えっ!?」
私は、彼の言葉に思わず仰天してしまう。
そして、すぐさま倒れているその人物に目を向けた。
かなりの厚化粧で分かりにくいけれど、よくよく見ると確かに顔つきが……。
皇帝陛下、真顔で言う。
「化粧術を用いれば、この程度誰だろうとすぐに化けることが出来る。まあ、化粧を施す者の練度はそれなりに高くなければならんがな」
そして、「後は、長めの鬘をつけて顔の輪郭を隠し、服装も体格が隠れて分かりにくいものを選べばいい。立ち居振る舞いに気をつければ、男であろうと女に化けることは十分に可能だ」と彼は、続けるのだった。
私は、それを聞いて凄いと感心することになる。
彼は、何でもできて、そしてとても物知りでもあった。
「――もしかして、女装のご経験がお有りなのでしょうか?」
彼があまりにも詳しかったため、そう、ぽつりと呟くようにして思わず聞いてしまう。
しかし、すぐに私は「あっ」と、反省することになる。
それは、あまりにも失礼な質問であったからだ。
なので、即座に「大変申し訳ございません!!」と、謝ろうとしたその時、
「ふん、当然幾度となく経験済みだ。――貴様、この私を誰だと思っている?」
そのように、極めて真面目な態度で肯定した。
そう、皇帝陛下はそんなものは当たり前だと、肯定してしまったのだ。
故に、私は固まってしまう。
――え……。え? 女装? こっ、皇帝陛下……が? 女装……? しかも何度も? え、えぇ……?
私は、また大きく混乱することになる。
もう、今日で何度目になるか分からない。
……そういえば、彼がなぜか妃教育を受けていたことを今更ながらに思い出す。
失態だった。
ならば、女装経験も高い確率であるはずだと私は思い至ることが出来なかったのだ。
なので私は、「聞いてはいけないことを聞いてしまい、本当に本当にごめんなさい……」と、色んな意味で自分の発言を悔い改めることになるのであった。




