ちゃんとしているかもしれない後日談 14
「──とりあえず、宰相には責任を取ってハゲてもらう」
皇帝陛下が、断言するようにそう言った。
……え、ハゲ……?
また、唐突によく分からないことを彼が言っていたため、思わず首を傾げてしまう。
なぜ宰相様をハゲさせる必要があるのだろう。
割と可哀想そうな気がする。
……でも、ハゲた方が威厳があって、イメージ的により老獪な宰相っぽくなりそうだ。案外良いかも。
そう思っていると、彼は、「ああっ、くそ!」と、唸るのだった。
「半数程度しかまともな奴はおらんのか……明らかな選出ミスだ。なぜこうなった……」
「お二人の言葉が本当であるならば、確かに、妙でございますね。あの宰相様が、他者の評価を見誤るとは思いませんが……」
「そうだな──ん? いや、ああ、思い出した。確か今回、宰相の選定枠が有力貴族たちの圧力によって減らされてしまったと、嘆いていたのを聞いた覚えがあるぞ」
「それは真でございますか?」
「ああ。父上──前皇帝の際は、大半の妃を宰相が選出出来たらしいが……もしや、今回は半数程度しか奴の手が入ってない可能性があるな」
「ああ、なるほど。それはあり得ますね……」
「奴は、やや風変わりな人間を選ぶ傾向にある。二十五番目の妃に関しては、絶対奴が選んでいるぞ。奴め、覚えてろよ……」
「……実は私、後宮入りが決まる前に、宰相様と何度かお会いした経験があるのですが……」
「――なるほど。つまり、貴様は宰相のおもしれー妃枠か。意外だな。てっきり、圧力枠の方かと思っていたが」
「皇帝陛下、申し訳ございませんが、その呼び方はどうかお止めくださいませ……」
そう、彼は一番目の妃と言葉を交わすのだった。
そして、「まあ、いい。もう手遅れだ。仕方がない」と、話を元に戻す。
「とにかく、現時点でその先ほど挙げた者たちはまだ何もしていないが、今後何かしらのことを仕出かす可能性は十分にある。きちんと警戒しておけ」
「承知いたしました、皇帝陛下。――しかし、それにしても現状は、未だそう悪くはなさそうな気がいたしますね」
彼女は、そう言うのだった。
「過去には、皇妃選びの際、後宮にて何人か死人が出たこともあったそうです。今はまだ、そのようなことは起きてはおりません。皇帝陛下の評価が、歴代で最も高いという状況にも関わらず、でございます。本当に幸運でございましたね」
そう、やや安堵の表情を浮かべる彼女に対して、彼は、
「……ああ、いや、まあ、うん、何というか、その……。――そうだな、その通りだ。ああ」
言葉を濁しながらも、最終的に彼女に合わせる。
――もしもその理屈でいくなら間違いなく今回の皇妃選びは過去最悪だと、彼は私を見て、そんな微妙そうな顔をするのであった。
♢♢♢
──あれから、一時間ほど時間が経った。
一番目の妃と別れた私たちは、再度、後宮から出るため、廊下を歩く。
その時分になると、他の妃たちがちらほら廊下ですれ違うことになるが、誰も私のことについて皇帝陛下に抗議する者はいなかった。
皆、私をちらりと見るが、けれどすぐに悔しそうに視線をそらしてしまう。
それは、以前に私に危害を加えた妃たちも同様だった、
……すごい。本当に、彼女の言う通りになった……。
そう、思わず感心してしまうのだった。
実は彼女は、私たちと別れる前、「それでは、今から仕込みを始めたいと思いますので、お二人はどうか近くの部屋で一時間ほどくつろいでくださいませ。私は、その間に、他の妃たちの動きを抑えますので」と言っていたのだ。
そして、本当に他の妃たちは、私たちを前にして何事も無いかのように振る舞い始めたのだった。
一体、どんな方法を使ったのだろう……?
魔法みたいだ。
そう思っていると、「おそらく侍女の情報網だ」と、皇帝陛下が、驚く私の様子を察して声を上げるのだった。
「この国の侍女たちの噂話は、音より速いと専らの評判だ。一時間もあれば、その情報はすでに後宮中に知れ渡っていることだろう」
そうなんだ、侍女ってそんなにも凄い人たちなんだ……。
私は、また新たに驚きながら、皇帝陛下の後ろを歩くのだった。
そして、それから少しすると、一人の妃が前方から歩いてきた。
彼女も、特に何事も無いかのように、振舞っていた。
しかし、彼女を見て、ふと思う。
あれ? こんな妃の人いたっけ……?
と。
自慢ではないが、私は割と沢山の妃たちと面識があった。なので、顔は大体覚えていた。
一応それは、沢山の妃たちに何度も殺されているという意味でもあるので、全く誇れるものではないけれど、とにかく私は大半の妃たちを半ば一方的な形で、その姿を目にしたことがあったのだった。
なので、初めてみた顔だなぁ、と思いながら、すれ違おうとした時、皇帝陛下が唐突に声を上げた。
「――おい、あれは何だ?」
彼は、たった今すれ違おうとした妃に、廊下のある一点を指差してそう声をかける。
彼女は、つられてそちらを見た。
そして、
「――あアァーッ!」
その瞬間、彼は、奇声と共に、その妃の人に素早く肉薄し、そのまま勢いよく背負い投げを行ったのだった。