ちゃんとしているかもしれない後日談 10
「──それで、貴様の話はこれで終わりか?」
皇帝陛下は、一番目の妃に問いかける。
彼女は、二の句が継げないでいた。
当然である。
何せ自分の放った渾身の指摘を、彼に真顔で「は? 問題ないが?」と、一蹴するようにして返されたのだから。
そしてそれについては、実は私も、皇帝陛下に『最愛』に決めたと言われた後から、ずっと思っていたことだった。
──え、皇妃って、何をするの? どのような仕事なのだろう?
と。
私は、男爵家の人間である。
この国において、この地位は半分貴族で半分平民のような扱いであった。
ゆえに、私自身も貴族としての礼儀作法をきちんと教わった経験はない。
皇帝陛下との顔見せの際は、何とか失礼のないように振る舞うので精一杯であった。
彼は、ちらりと、振り返るようにして私に視線を向けてくる。
そして、口を動かした。
声は出していなかったが、その唇ははっきりと言葉を紡ぐ。
『──道連れだ。私と共に地獄に堕ちろ』
と。
私は、それを見て、思わず身震いすることになる。
彼の眼は、完全に据わっていたのだった。
多分先ほどのやり取りで、妃教育を受けた際の記憶を彼は思い出してしまったのだろう。
彼は、全身から負の感情を発していたのだった。
おそらく彼の中ではすでに、今後私が完璧な皇妃となるまで、適切な教育を私に施し続ける予定なのだろう。
教育の鬼になるつもりなのだ、彼は。
……ええと、これは……その、逃げた方が良さそうだろうか……?
思わず、そう思ってしまう。
私は咄嗟に、懐に入れていた愛刀に手を伸ばそうするも、そういえば自室に置いてきたことに気づく。
駄目だ、自死出来るものが何も無い。
どうしよう、舌を噛むのは、出来れば避けたい。
何度か試したことがあるけれど、きちんと死ねた試しが無かったからだ。
そう悩むことになるが、「でも、」と、私は途中で思うことになる。
……やはり、彼をこのような人間にしてしまったのは、他ならぬ私なのだ。
ならば、必ず何かしらの責任を取らなければならないだろう。
……でも、今後、私は逃げ出さずに彼の指導を受け続けることが出来るのだろうか……?
そう強く不安を覚えてしまうのだった。
そして、そんなことを考えていると、一番目の妃は溜息を吐く。
「……なるほど、理解いたしました。どうあっても、皇帝陛下は、その方を『最愛』に選ぶというのでございますね?」
「そうだ、天と地がひっくり返ったとしても、それは変わらん。たとえ、時が巻き戻って、何度今を繰り返したとしてもな」
「その選択は必ずや後悔することになると思われますが、本当によろしいのでしょうか?」
「それは無い」
「本当でございますね?」
「――くどいぞ」
「……分かりました」
彼女は、仕方ないと言うような表情で、私と皇帝陛下を交互に見る。
そして――
「それでは私は、お二方が結ばれたことを素直に祝福するといたしましょう」
――おめでとうございます。
そう、私たちに祝辞を述べるのだった。
なので、私は「え……?」と、再び思わず言葉をこぼすことになる。だって、予想外だったからだ。
絶対に、皇帝陛下に対して抗議を続けるだろう、と。そう思っていたのに。
そして、そのように困惑する私を他所に、目の前の彼女は、若干困ったような表情ながらも、どこか喜ばしいというような雰囲気で、扇を畳むと、私たちに小さく拍手を送ってくるのだった――