ちゃんとしているかもしれない後日談 9
皇帝陛下は、言った。
何の駆け引きも行わずに、ただ在りのまま事実を口にするように。
──私を、『最愛』に決めたのだと。
そのため、私は驚くことになる。
何かしらの言葉を用いて誤魔化すような、例えば話術を行使するとか、とにかくそのような選択をとるものだとばかり思っていたからだ。
「……一応、確認させていただきますが、それは嘘偽りのない事実でございましょうか?」
一番目の妃の女性もまた、彼の言葉に対して、わずかに目を大きくする。
ここまで正直に言うとは思っていなかったのだろう。
「そうだ、事実だ。当然、戯言を言うつもりはないぞ」
彼は「本気だ」と、真剣な表情で口にする。
「それで、異論はあるか?」
「当然ございます。――ですが、まずはご理由をお聞かせください。どうして、その方をお選びになったのでしょうか?」
それは事前に予想出来ていた質問だった。
未だ、全体の半分ほどしか皇帝陛下は、妃と接していない。
今日で、まだ二十八番目なのに。
なぜ、五十番目の妃である私を選んだのか。
そこに、何かしらの特別な事情があるはずだ。
その理由は何か。
第三者ならば、そう思わずにはいられないのだろう。
故に皇帝陛下は、答える。
「まあ、この娘でないと、私は生きた心地がしないからだな」
「……? それはどのような意味なのでしょうか?」
「悪いが、これは他者には詳しく話せん。が、私の『最愛』は、この娘しか有り得ん。それは事実だ。そうだな、こう言っておくか――」
彼は、宣言するようにして言う。
「私はこの娘を幸せにすると、誓った。それを違えるつもりは、毛頭ない」
その言葉に、私は「皇帝陛下……」と、呟くことになる。
絶対に時間が巻き戻ることが嫌なのだということが、彼の言葉からひしひしと伝わってくるのだった。
私にとって、時間が巻き戻るという事象は、すでに日常生活を送る上で当然のものとなっていた。
故に、彼ほど嫌だという気持ちは無い。
確かに、同じ日を何度も繰り返すのは、面倒だという気持ちはあるけれど、しかし、ループしなければ私は明日に一生進むことが出来ないのだ。
ならば、何度であろうと、私は死んで、そして生きなければならない。
だから、彼の気持ちは未だよく理解出来てはいなかった。
――この先、彼のことをちゃんと理解出来る日が来るのだろうか。
そう思いながら、私は目の前の二人のやり取りを見守る。
「なるほど、詳しく話せない特殊な事情がお有り、と。それについては、今は言及しないでおきましょう」
そう、彼女はあっさりと引き下がった。
これ以上、彼から言葉を引き出せないと判断したように見える。
そして、次に「では、もう一つお聞かせください」と、言葉を続ける。
「その方の出身は、おそらく男爵家であろうと推察させていただきます。ならば、皇妃として今後、相応しい振る舞いを行っていくことが出来るのだというお考えなのでしょうか?」
そう、彼女は言ってくるのだった。
そして、私を見る。
「皇帝陛下は当然ご存知だとお思いですが、基本的に上位の妃たちは、『最愛』となることも考えて、後宮入り前から皇妃となるための教育を最低限受けております。おそらくは、三十番目までの妃まではそうでしょう」
それは、初耳だった。
皇帝陛下もそれを知っていたらしく、「そうだな」と、相槌を打つ。
「過去に、下位の妃が『最愛』となった例は、ほぼありませんが、残されているわずかな記録の中ではかなりの苦労をなさっていたとあります。その予想されるであろう多大な苦労を、今後彼女だけに押し付けるおつもりでしょうか?」
──それは、少々無責任というものでは?
そう彼女は、わずかに非難の感情を見せたのだった。
だが、彼は平静を崩すことはない。
「いいや、そうはならん。絶対にな」
「まさか、皇帝陛下自らが、皇妃としての振る舞いや作法をお教えになるとか? けれど、貴方様であっても、出来ることと出来ないことがございましょう」
彼女のそれは、半ば皮肉のようなものだった。
けれど、彼には通じない。
何故なら、
「は? 出来るが」
彼はその後、「皇妃として振る舞うことくらい私にも出来る。それを他者に教えることもな」と、口にするのだった。
「訳あって全て習得済みだ。何なら、今すぐ他国に妃として嫁ぐことも出来るぞ、私は」
真顔でそう断言するのだった。
その言葉に、一番目の妃は、「えっ」と、思わず言葉をこぼしていた。
当然だろう。
だって、私も「え?」と、思わず言ってしまったのだから。
それほどの衝撃だったのだ。
――皇帝陛下が、妃教育を受けている……? 何故???
そう混乱している中、彼は声を低くして、「あまり私を見くびるなよ」と、言う。
「……いえ、決して見くびっていたわけではございませんが、その……何だか申し訳ない気持ちになりました……」
彼に言葉をかけられた、一番目の妃は、微妙なような、複雑なような、とにかく色々な感情が混ざった顔をするのだった。