『皇帝』視点 2
――それは何の前触れもなく、十二歳となったエルクウェッドの身に起きた。
「何だ、これは……」
彼は激しく混乱することになる。
なぜなら、気がついた時には、自身の時間が前日に巻き戻っていたからである。
最初は、気のせいだと思った。
しかし、すぐにそうではないと気付く。
そもそも周囲の人間の言動のすべてが既視感の塊であったし、昨日経験した出来事もすべて今しがた同じように起きたのだから、最早疑いようもない。
そして、すぐさまエルクウェッドは、その原因を予測する。
このような非現実的なことが可能なのは──自国のすべての人間が持つ二つの力──『祝福』と『呪い』の能力にほかならない、と。
おそらく、いや間違いなく『祝福』だろう。
時間をやり直せるというのは、明確なメリットだ。デメリットになることはほぼない。
それと、自分への危険性もないと考えていいだろう。時を巻き戻したところで、自分をどう攻撃するというのか。
……だが、それにしても、これほどまで強力な力など聞いたことがない。世界中のすべてに影響を及ぼせるものなど……。
たとえ『祝福』と『呪い』に関する研究を行っている国立機関の研究者たちに問うたとしても、同じ答えが返ってくるだろう。
──今までに発現したことのない新種の『祝福』である、と。
そして、なぜそんなきわめて強力な『祝福』の影響をエルクウェッドが受けていないのか。
単純な話だ。
彼の『祝福』は、【どのような他者からの祝福や呪いであっても、その影響を受けにくくなる】というもの。ゆえにその身に受ける影響が大きく軽減されていた。
彼は、自らの『祝福』の力により記憶を保つことが出来ていたのだ。
──だが、それが幸運であるとは到底言えない。
時間の巻き戻りを経験した翌日。
エルクウェッドは、二度目の巻き戻りを経験することとなる。
「……馬鹿な、またなのか?」
思わず、愕然とする。
二度目の巻き戻り。
つまり、同じ時を過ごすのは、これで三回目であるということ。
さすがに一度目は許容出来ても二度目になると辟易してくる。
彼は若干苛立ちながらも、その日にしなければならない仕事と義務を素早くこなした。
それにより周囲から「凄い、完璧だ!」と賞賛の声が上がる。
が、二度もその仕事を行っているのだから彼自身として出来て当然のことであった。
何しろすでに正解を知っているのだ。どこをどう間違えればいいというのか。
それよりも、彼にはまず何においても優先すべきことが存在していた。
現在、この時間のループを引き起こしている人物の特定だ。
彼自身としては、同じ時間を何度も経験したいとは思わない。少なくとも一度で十分だと考えていた。
おそらくこの事象を引き起こしている者は、間違いなく自分のような巻き込まれてしまっている人間がいることに気づいていない。現状このループがいつまで続くのかが分からないし、仮にループを終えたとしても今後、このようなループが定期的に続くというのなら正直勘弁してほしいところである。
故に探し出して、『祝福』を使うのを自重するように伝えねばならなかった。
当然、自国の人間であることは分かっている。
あとは何者であるかということであるが、もう少しこの『祝福』についての情報が欲しい。
そしてその後、国立の研究機関に協力してもらいながら、今回集めた情報を用いて国内を探していけば──
そのように思考を回転させていた時、ふと気づく。
自身の『呪い』の効果が一体何であったかを。
「しまった……!」
──【探し人を見つけにくくなる】。
今までほとんどデメリットに感じていなかった自らの『呪い』の効果が、ここで初めてエルクウェッドに牙を剥く。
そして彼は呆然と宮殿内の自室で立ち尽くしたまま、
──三回目のループを迎えることになるのだった。
……結果的に言うとエルクウェッドが、そのループから抜け出したのは、時間の巻き戻りを経験して実に十回目の時である。
その時の彼の表情は完全に死んでいた。
大半の十二歳の少年が有しているであろう溌剌さは微塵もなく、ひたすらにどんよりとした雰囲気を漂わせていたのだった。
無論、皇太子としての務めは完璧に果たしているため周囲からは手放しに賞賛されることになる。
彼は、それに応えるため笑みを浮かべた。……どこからどう見ても、憔悴しきった力のない笑みでしかなかったが。
彼は思う。
時を戻せるということは実に素晴らしいことだ。誰だって一度はやり直したいことがあるだろう。
しかし自分の望まぬタイミングで同じ時を繰り返すのは、もはや苦痛でしかない。しかも、それがいつ終わるかも分からないのだから、最悪だ。
おそらく、きっと、このループは今後も定期的に続いていくことになる。そのような予感がひしひしとエルクウェッドはしていた。
この先、自身の精神が持つのだろうか……。
そのような心配を胸中に抱く。
そしてループを脱して三日後。
再びエルクウェッドはループに巻き込まれることとなったのだった。
その時は、五回で解放された。
最初の時よりは回数が少なかった。
だが、エルクウェッドは、ひとり小さく呟くことになる。
「なあ、もうブチ切れそうなんだが……」
――と。