ちゃんとしているかもしれない後日談 6
「──危なかったな。以前に、『一週間限定! 夢のサーカス団員無料体験!!』を何十回も経験していたから防ぐことが出来た。あと、この叫び声は、戦意の表れだ。気にするな」
そう言って、彼は受け止めた道具類をジャグリングのように次々と、宙に投げてもてあそぶ。
そして、すぐに「しまった、つい無意識に……」と、バツの悪い顔をして、ジャグリングを中止するのだった。
彼は、青ざめている女性料理人に、その道具類を「ほら、落とし物だぞ」と返す。
自分が、今とんでもないことを仕出かしてしまったと、震える彼女に皇帝陛下は言うのだった。
「次は気をつけろ。廊下は、走る場所ではないぞ」
料理人の女性は、すぐさま凄い勢いで何度も私と皇帝陛下に頭を深く下げて謝罪の言葉を口にする。
しかし、彼は「運がいいな、貴様。今回のことは、無かったことにしてやる。命令だ、いいからさっさと仕事に戻れ」と、言うのだった。
「聞こえたのなら、さあ、行け。貴様の仕事は、ひたすら頭を下げることか? 自分の役目を果たせ。今すぐにだ」
そう言われてしまったのならば、女性料理人としては従うことしか出来ない。
何しろ、皇帝陛下直々の命令なのだ。
それに逆らうことなど、誰にもできない。
ゆえに彼女は、「はい、大変申し訳ありませんでした……」と、顔を青くしたまま、壊れた台車を引きずっていくのだった。
そして、料理人の女性が見えなくなったところで、「……正直言って、一々罰してはいられんな。故意ならともかく、こうして無意識の場合もあるのだから、流石に面倒過ぎる」と、呟くのだった。
「毎日、何度もこのようなことが起きているというのなら、後宮内の人間を片っ端から罰していくことになるぞ」
うんざりとした表情で、「おかしい、いつからここは刑務所になったというのだ……」と、言葉を漏らす。
そして、彼は「しかし、今のは興味深かったな」と、私に声をかけてくる。
「どうやら本当に、貴様が言っていた時間きっかりでなくても、不幸は訪れるようだな。時間や巻き戻りによる状況のずれがあっても、それをものともしないとは。予想以上に強力だ」
そう、実は私たちは、前回の時よりも、十分ほど遅れた時間帯でこの場所に到着したのである。
しかし、先ほどのように『呪い』は、発動することになったのだった。
私の『呪い』は、多少の時間や状況のずれでは、回避することが出来ないのである。
私は、何度もそれを子供の頃から経験しており、今でも頭を悩ませる大きな種となっていた。
「なるほどな。貴様が何度も死に戻るわけだ」
彼は「長年の謎が解けた」と、言う。
「自分の取れる選択肢が狭い時は、最悪だな。強引に突破するか、長期的に時間を巻き戻すことしか出来なくなるのだからな」
そうなのだ。
たまに、何度巻き戻って試行錯誤してみても同じ状況になることがある。
そのような時は、仕方なく、連続で死んで二日以上、時を巻き戻すのである。
私が以前に行った、今回の死に繋がる不幸の解決策は、何があろうとこの場所をこの日絶対に通らないことだった。
そこまで行えば、ようやく回避することが可能となる。
そしてもしも仮に、私がこの場所を絶対通らなければならない状況に陥っているのなら、もうそれは長期のループを試す以外に方法がないというかなり面倒な状況になっている証左に他ならない。
ちなみに、今回は皇帝陛下の尽力によって、強引に防ぐことが出来たという状況だ。例外中の例外である。
私が今回の『呪い』について話した時、「余裕だな。任せておけ」と、彼が言っていたため、どのように防ぐことになるのだろうと思っていたら……まさかの曲芸染みた芸当による力技であったため、私は思わず仰天することとなったのだった。
……もしかして、今後もこのような形で皇帝陛下は、私の死を防いでいくのだろうか。
彼には、本当に感謝しても感謝しきれない。
……けれど、私のためとはいえ、彼には危ない真似は出来る限りして欲しくは無いのだと、私は先程からそのような気持ちでいるのだった。
しかし、残念なことに今の私は何も自死出来る物を有していない上、私がそうなることを彼は望んではいない。
私は、どうすれば良いのだろう……。彼のために、今何が出来るのだろう……?
彼は私を心配してくれるし、私も彼のことが心配だ。
――それに、何故か、先程から奇声のような叫び声を上げるし……。
現状それが、かなり心配な気持ちとして、私の心にあった。
――けれど、せめて、ささやかながらも恩返しをしたい。
なので、そう思った私は、命を助けてもらったお礼として、今後彼がまた叫び声を上げた時、何も聞かなかったことにしようと心に決めたのだった。




