ちゃんとしているかもしれない後日談 4
「……こっ、皇帝陛下……?」
私が恐る恐るといった様子で、彼に声をかける。
一体、彼はどうしてしまったのだろう。
私をいつも襲っていた蛇は、この一匹だけだったため、これで本当に私の死は回避したことになる。
彼は今、私を助けてくれた。
けれど、その代わり、なんというか……彼のテンションは恐ろしくおかしなものになっていたのだった……。
何しろ突然、よく分からない叫び声を上げ始めたのだから、それを心配しない方が無理と言う話だ。
そう不安に思っていると、先ほど叫んでいた彼は、突然すんと真顔になって、こちらに向き直るのだった。
そして、「安心しろ」と声をかけてくる。
「この壺も、自作品だ」
そう、告げた。
いえ、皇帝陛下、私が心配しているのは当然ながら、そこではないのですが……。
「ええと、その……助けていただき本当にありがとうございました。それで皇帝陛下、どこかにお怪我とかはなさっていませんか……?」
「案ずるな、無傷だ」
それは良かった。本当に。
彼に何かあったら、どうしようかと。
私は胸を撫で下ろしながら、次に質問する。
「先ほど、なぜ大きな声を上げたのでしょうか」
すると、彼は「ああ、それか」と、私の問いに答える。
「蛇は音──というより、振動にとにかく敏感らしくてな。ゆえに終始威圧して、その動きを抑えていたというわけだ」
彼は、そう私に説明するのだった。
だから彼は、最初に床を踏み鳴らして、蛇を硬直させ、こちらに向かって攻撃してこないようにしたのだという。
そして、彼は、次に指笛を吹いた。
それは、あの毒蛇の天敵である猛禽類の鳴き声を真似たものなのだという。
ああ、だから、蛇はすぐに逃げ出したのか……。
そして、慌てて逃げれば、動きは単調なものとなる。
彼は、そこを狙ったのだった。
……なるほど、ようやく理解できた。
けれど、そこで当然ながらある疑問が出てくる。
それは、
「なぜそのような知識や技術を……?」
「昔、旅芸人の蛇使いに習った」
そう、こともなげな口調でそのようなことを言うのだった。
なので、私は開いた口が塞がらない。
え、習った……?
蛇使いの人に?
どうして、そんなことに……?
そう、さらにひどく混乱してしまうのだった。
そんな私を他所に彼は、「過去に何度か野生から調教したことのある種で助かったな。楽に捕獲出来た」と口にする。
「この種は、恐ろしく素早い。何の対策も講じずに真正面から襲われたら、たとえ私であっても五、六回は確実に噛まれていただろうな」
彼は「まあ、その代わり、他の種よりとりわけ空気中の音に敏感で賢いから、割としつけやすいのだがな」と、言葉を付け加える。
そして、その後、彼は私に歩み寄る。
「ええと、何でしょうか……?」
「貴様、もしや柑橘系の香水をつけているな? それは、この種を刺激する香りだぞ」
彼は「蛇は嗅覚も鋭い」と、そう指摘する。
そのため、私は驚きに目を見開くことになったのだった。
確かに私はその系統の香水を使用していた。しかも、今日に限って──
「だから、ここを通るたびに、貴様を襲ったのだろうな」
「実は、他の場所でも襲われました……」
「移動していたか。複数いるのか。分からんが何にせよ、貴様がつけている香りに似た香水は、他の者もつけていても別におかしくはない。──つまり、これは無差別か……?」
彼は、考える素振りを見せるのだった。
「この種は、皇都近辺には生息していない。地方部でなら、まあ何度か見たことがあるし、噛まれたこともある。――ならば、この毒蛇を放った奴がいるな。そして、その初の犠牲者に運悪くなってしまったのが、貴様というわけだ」
彼は、「なるほど。これが、死に繋がる不幸というやつか」と、ひとりごちるのだった。
「本当に厄介な『呪い』だな、それは。だが、まあ──」
彼は、愉快そうに笑う。
「──決して、対処できないということはない」
そう、言葉をこぼすのだった。
「無論未然に防ぐことは困難かもしれんが、起きた後ならば、程度によるだろうが、常にこうして危なげなく処理することは可能そうだな」
彼は、「娘、道すがらで構わん。どの程度の不幸が、基本的に貴様を襲うのか教えろ」と、私に声をかけてくる。
「あとこちらの体感的には、『今日』の不幸は、この蛇だけではなかったはずだぞ。この蛇だと、多くても十数回の巻き戻しだろう。確か、『今日』は二十回以上やり直していたはずだ。忘れずに全て記憶しているからな」
彼は「それも教えろ。全て対処してやる」と、言うのだった。
今の彼は、私にとって恐ろしく頼もしい存在であった。
このような人は、今までで、初めてだ。
私は、「はい!」と頷いて、彼に先程からずっと疑問に思っていたことを声にする。
「――そういえば、最後に雄叫びのような声を上げたのは何故なのでしょうか? もう、壺に封じ込めてしまっていたのに。それに、何をどうしたら、蛇使いの方に習うようなことになったのでしょう……?」
彼は言った。
「あれは……勝鬨だ。気にするな」
「勝鬨」
「というか、蛇使いのことに関しては、ほぼ貴様のせいだぞ! 責任を取れ!!」
彼は、「あの時は三十四回も巻き戻りおって、ふざけるなよォ、チクショウゥッ!!」と、突然、思い出したように怒り出すのだった。
そのため、私は「あっ……」と、理解してしまう。
どうやらそれは、私のループに巻き込まれたことが原因であったらしい。
全てを聞かずとも、分かってしまったため、私は「大変申し訳ございませんでした!!」と即座に謝罪することになったのだった。
「謝るな。当然これだけではないぞ。もう正直数えきれん……」
彼は、疲れたような声音で言う。
私は、どうやら気づかないうちに、沢山の迷惑をかけてきたらしい。
それを、今強く再認識することになったのだった。
「しかし、時に娘。貴様、先ほど素手でこの毒蛇を捕まえようとしたな? あれは何故だ」
彼は、私に「今貴様はあの刃物を所持していないとはいえ、すぐ近くにあった私の自作の壺を蛇目掛けて投げるか、手に持ったまま叩きつけるという選択肢も取れたはずだが、そのような素振りは無かったな? なぜそうしなかった」と尋ねてくるのだった。
なので、私は「それは、」と答える。
「――何となく、不公平かな、と思いまして」
「は?」
彼は、驚いたような声を上げる。
私は説明した。
私は、何度でも死ぬことが出来る。
けれど、あの蛇はそうではない。一度きりの命なのだ。
ならば、可能な限り生捕にした方が良いだろう。
死ぬことなんて、後で必ず出来るのだから。
そう私は、以前から思っていたのだった。
なので、そのまま言うと、彼は、
「そういうところだぞ、貴様……」
私を見て、何故か引いているような表情をしていたのだった。