『皇帝』視点 29
実はエルクウェッドは、ここまでの道中にて、「さあ、あの娘をどのような目に遭わせてやろうか……」と、血走った目で復讐方法を考えていた。
今までは、とりあえず一発ブン殴るか、合法的な手段で牢屋にブチ込むかの二択だと考えていたのだが……そのようなことをしたところで、結局ループは止まらないのだということを知ってしまった以上、彼は早急に少女の『呪い』についての対策を考えねばならなかった。
つまり、今はそれどころではなかったのだ。
彼は、少女から『祝福』と『呪い』についての話を聞いた後、ひとつの最善策を思いつく。
それは、つまり、
「──要は不幸だから死ぬのだろう!! つまり貴様を幸せにすれば、良いということ!! なら、いくらでも幸せにしてやるわ!!」
彼は、五十番目の妃である少女を自身の『最愛』に選ぶことに決めたのである。そして、その完全なる決め手となったのは、先程少女が躊躇のない自死を選択した時だった。
彼女の『呪い』は【死に繋がる不幸を招き寄せる】というもの。
不幸だから命を落とす。ならば、不幸になる隙を与えず、常に幸せであれば、死ぬようなことはないはずなのだ。それに、たとえ死ななくなったとしても、自身の命を軽んじていては意味が無い。
ゆえにそう考えたエルクウェッドは、腹を括る。
──この少女を、自分の生涯を賭して誰よりも最高に幸せにしてやるのだと。
それは自分のためであり、結局のところ彼女のためにもなる。死ぬ暇など、与えてやるものか。
けれど、それはもしかしたら、出来ないかもしれない。難しいかもしれない。
――いいや、違う。やるのだ。絶対に。
それに、少女の話を聞いて、なぜ自分の『呪い』がきちんと発動していなかったのか理解した。
単純な話だ。
彼女の『呪い』が強力すぎて、自分の『呪い』が打ち消されていただけの話であった。
今まであれほど探していたのに、少女が後宮入りを果たして、こうして自分との距離を物理的に縮めることとなったのは、彼女の『呪い』が、「後宮こそが現在、最も多く死に繋がる不幸を呼び寄せることが出来る場所である」と判断した結果であろう。
現に、少女は後宮入りしてから毎日命を落としているのである。そう、何度も何度も──
「ご、ご容赦を……! 私は、我が家に帰りたいのです!! どうか! どうか、私以外の妃をお選びください!! 皇帝陛下、お慈悲をっ!!」
エルクウェッドの発言によって、少女は、慌てた様子で本音を吐露する。
けれど、彼の意思は変わらない。
「駄目だ。貴様を家に帰したところで、結局死ぬことに変わりない」
確かに、彼女の願望を訊くことは、彼女の幸せに繋がるだろう。
しかし、彼は知っている。
少女が今まで三日に一度の頻度で死に戻っていたことを。
エルクウェッドの掲げる目標は、この先ずっと死亡回数ゼロ回だ。
実家に返してしまっては、それは決して達成されない。
また元の頻度に戻るだけなのである。
彼は、目の前の少女を完膚なきまでに、幸せにしなければならなかった。
ゆえに、少女には気の毒だとは思えども、その望みを叶えさせるわけにはいかなかったのだった。
「少なくとも、頻度は減ります!!」
少女は、そのように抗議してくる。
その言葉にエルクウェッドは、震えた。
――いや、悪魔か?
三日に一度の頻度でも、普通にキツイ。
何とか、今まで耐えてこられただけであり、結局地獄には変わりないのである。
それに、自分の知らないところで、延々と時を巻き戻されるのはさすがに困る。ブチ切れるのは、これでもう最後にしたい。
「駄目だと言っている! 私の見えぬところで死ぬのは許さんぞ!」
彼は、その申し出を却下する。
頼むから、やめてくれよ……と、心の中で必死に願いながら、そして深呼吸を行う。
冷静さを失ってはいけない。故に一旦気を落ち着かせることにした。
その後、目の前の少女に対して、彼は念を押すようにして言ったのだった。
「――言っておくが、逃げるなよ。死ぬことも禁止だ。仮に自死して時が巻き戻ったとしても、私は、お前を絶対に忘れないということを覚えておくがいい」
死んだところで意味はないと、彼は強調する。
──これで少しは、自分を大切にする意識を持ってくれればいいが……。
そうすれば、少なくとも長期ループを防ぐことは出来るかもしれない。
そのようなことを思いながら、エルクウェッドは、片膝をついて平伏する彼女に目線を合わせる。
今から、自分がどれほど本気であるのかを彼女に伝えることにしたのである。
彼は声を低くして、しっかりとした声音で告げる。
「――貴様は今日から私のものだ。故に命令する。死ぬな、私のために生きろ」
さあ、これでその命は、自分だけのものではなくなった。
気安く死ねると思うな。
――今この時、リィーリム皇国現皇帝エルクウェッド・リィーリムは、ソーニャ・フォグランを生涯の伴侶に選んだ。
故に自身の死は、その選択を愚弄するに等しいと知れ。
そして、そう思いながらも同時に、彼は内心渋面を作ることになる。
──……ああ、くそっ。本当に何なんだこれは。ひどすぎる。史上最低最悪なプロポーズではないか。仕方がないとはいえ、まさか、自分がこのような人としてあるまじき言葉を口にすることになるとは思わなかった。
どうやら落ち着いていたつもりでも、実際は気が急いていたらしい。そのせいで乱暴な言葉になってしまった。もっと無難な言葉があったかもしれない。オブラートに包めたかもしれない。
しかし、すでに口に出してしまった以上、どうしようもなかった。
これでは、一目惚れした女性に対して「おもしれー女」と絶対に言いたく無いのに、最終的に歯を食いしばり号泣しながら言う羽目になったという悲しい過去を持つ宰相のことをもう笑えないな、と思いながら、エルクウェッドは「チクショウめぇ!」と心中でいつものように叫ぶことになるのであった――
今までお読みいただきありがとうございました。
これにて『皇帝視点』は終わりになります。
次からは『ちゃんとしているかもしれない後日談』に入る予定です。
よろしくお願いします。




