『皇帝』視点 1
エルクウェッドは、リィーリム皇国の次期皇帝としての肩書を有して、この世に生まれた。
ゆえに彼は、幼少期から様々な教育を受けることになる。
そしてそのすべてに彼は、人並み以上の優れた成績を上げたのだった。
彼は物覚えが良く、そして勤勉であった。
ゆえに秀才と謳われることとなる。
きっと彼が皇帝となった暁には、安定した政治が行われるだろう。
この国は、前皇帝の時と変わらぬ豊かさを維持するに違いない。
それが、当時の彼に対する人々の評価であった。
しかし、ある日、エルクウェッドに転機が訪れる。
それは、彼が十二歳の時だ。
突然彼は、今までとは比べ物にならないほどの劇的な成長を果たしたのである。
今までエルクウェッド・リィーリムは、すべてにおいて人並み以上の才を有していた。
だが、ある時期を境に、すべてにおいて卓越した才を周囲に見せつけることとなったのだ。
同年代で彼に敵う者などいなかった。
いや、同年代どころか大人さえも彼の前では、形無しとなる。
彼は、何の予兆もなく化けたのだった。
当然わずかな間で、いくつもの功績を上げ始めたエルクウェッドに対して、よからぬ噂をする者も現れる。
──はて、一体どんな姑息な手を使ったのやら。
と。
しかし、もしも彼が偶然にもそのような話を直接耳にすることとなっていたのなら、きっとこのように言葉を漏していただろう。
『──は? いつの間にか生き地獄に突き落とされていただけなんだが?? ああ、もしや私と代わりたいのか? 私と代わってくれるのなら、いくらでも代わってやるぞ?? というか、命令だ。私と代われ。なあ……代われよ。なあ!!!』
──と、ブチ切れながらも、切実な声音で。
正直に言うと、彼の『祝福』と『呪い』は、決して彼の成長を劇的に促すような代物ではなかった。
だが、奇しくも彼自身が有するその『祝福』と『呪い』によって、彼は後に『賢帝』と称されるほどの傑物に上り詰めることになる──
♢♢♢
──五歳の誕生日。
その瞬間、エルクウェッドは首を傾げることになった。
この国の人間はすべて、『祝福』と『呪い』の二つの力を有して生まれてくる。
そして、その二つは対になっていることが大抵であった。
たとえば、【落とし物を見つけやすくなる】という『祝福』を持つ者は【落とし物をしやすくなる】という『呪い』を持っていることがほとんどであるし、【料理が上達しやすくなる】という『祝福』を有する者たちは【料理で大失敗を起こしやすい】という『呪い』を基本的に有している。
そのほかだと、【平日はわずかな睡眠時間で活動できる】という『祝福』と【休日は一日中ほとんど目を開けていられない】という『呪い』を持つ者がいたり、【仕事帰りはお肌が通常よりもツヤツヤになる】が【仕事中は常にずっとお肌がしわくちゃ】というような『祝福』と『呪い』を持つ者もいる。
変わり種だと【初対面の異性に対しておもしれー女と言うと、異性に好感を持たれやすくなる】が、その代わり【初対面の異性に対しておもしれー女と言わないとハゲる】というような良くわからない『祝福』と『呪い』を持つ者の事例も存在していた。
なぜ、そのように『祝福』と『呪い』が対になっているのかは、いまだに分かっていない。
研究者の中では、『神が自らの『祝福』と『呪い』を与えた者を見物して、面白がっているのではないか』という説を唱える者もいるが、結局のところ何の根拠もなく、どの学説も憶測の域を出なかった。
分かっていることただ一つ。
この国の人間はすべて『祝福』と『呪い』の両方を持って生まれ、そして明確にその力が発現するのは、その者が五歳になった時からだということだけ。
エルクウェッドは、五歳となった日、自身の中で二つの力がはっきりとした形となって現れたのを直感的に理解した。
そして、結果的に大きく首を傾げることになるのであった。
まず彼に与えられた『祝福』は【どのような他者からの祝福や呪いであっても、その影響を受けにくくなる】というものであった。
率直に言って、かなり有用な力である。
何故なら、他者に対して影響を与える『祝福』と『呪い』がこの世に数多く存在するからだ。
無意識な者もいれば、中には自らの『祝福』や『呪い』を能動的に用いて他者に影響を与えて利用しようとする者も少なからず存在している。
といっても、基本的にそのような他者に対して効果を発揮する『祝福』や『呪い』はそこまで強力なものは存在しない。
だが、エルクウェッドの立場においては、少しの油断が命取りになる以上、この『祝福』の力は非常に頼り甲斐のあるものだった。
事前に調べた限りだと、どうやらこの『祝福』を得た者は過去にもいないらしい。非常に珍しい代物のようだ。
今後、この『祝福』のことについては、信頼出来る者以外に話さないようにすれば、必ず自分の命綱となってくれるだろう。
そう、エルクウェッドは考える。
そして、次に『呪い』についてなのだが――
「【探し人を見つけにくくなる】……?」
故に、彼は首を傾げたのであった。
何故なら、『祝福』と『呪い』がまるで対になっていないからだ。
【どのような他者からの祝福や呪いであっても、その影響を受けにくくなる】に対して、【探し人を見つけにくくなる】。
果たしてその二つが、一体どう繋がるというのか。
しばらく考えてもエルクウェッドには分からなかった。
なので、思考を切り替えることにする。
二つの力が対にならないことは珍しいことではある。しかし、絶対に有り得ないということでも無かったからだ。
彼は、自らの『祝福』と『呪い』の二つが判明した後、少しばかり安堵することになる。
何故なら、かなり有用な『祝福』に対して、『呪い』が割とありふれたものであったためである。
有用な『祝福』を持つ場合、割と困る『呪い』を持つことが基本的に多いのだが、どうやら自分はそうでは無かったようだ。
エルクウェッドは、「ああ、良かった」と思いながら、その後そのまま次期皇帝としての忙しくも充実した日々を過ごし――
――十二歳となったある日、唐突に思いもよらぬ地獄に突き落とされることになる。