『皇帝』視点 25
──エルクウェッドは、三十番目の妃の部屋を訪ねる。
大人しそうな見た目の女性であったが、どういうわけかエルクウェッドを見るなり、彼女は目を輝かせて彼に詰め寄ったのだった。
そして、「皇帝陛下、とても感動いたしました!」と、興奮した様子で声を上げる。
「陛下の妃となれて、私、本当に幸せでございます」
「……そうなのか?」
「はい!」
恐ろしく上機嫌であった。
ゆえに彼は、「何だ、どうした……?」と、少々戸惑いながらも、彼女の話に耳を傾ける。
どうやら、三十番目の妃は芸術作品について造詣が深いらしい。
彼女は、後宮内に飾られている芸術作品は、どれも素晴らしい物だったと、エルクウェッドに対して話すのだった。
「壺、絵画、書、彫刻──ここにある品はどれも、非常に貴重な品ばかりでございます。一体、どのようにして収集したのでしょうか……?」
数はそれほど多いわけではない。
しかし、それでもその全てが驚くほどに貴重な作品なのだと、彼女は言うのだった。
「これらの作品を作成した高名な芸術家の方々は、皆揃って気難しい御方ばかり。自分が気に入らなければ、たとえ誰であろうと作品を譲ることがないのだとお聞きしております。しかも、ここにある品は全て、公的には発表されてはいません。大陸で名だたる芸術家たちの完全なる未発表作品……。その価値は、必ずや図り知れないものとなるでしょう……!」
彼女は「それに加えて」と言葉を続ける。
「そのような作品と共に飾ってあったいくつかの作品もまた同じように貴重であるのですが……しかしそれらの作品群については、大きな謎に満ちているのでございます」
後宮内には、大陸でも有数の天才芸術家によって作成された作品が飾られている。
そして同時に、いくつかその芸術家たちと共に飾られている作品があった。
それは、その芸術家の弟子と思われる者によって作成された作品だ。
使用されている技法や癖。
それは、弟子として従事していなければ、決してそのような仕上がりにはならないだろうと思われるほどに、高名な芸術家たちの作品と似通っていた。
しかし、その高名な芸術家たちは、皆気難しい性格であったため、今までに弟子を取ったことがなかったはず。
なのに、どうしてここに弟子と思われる者たちの作品が──
三十番目の妃はそのような好奇の視線をエルクウェッドに向けてくるのであった。
ゆえに、彼は「ああ、それか」と彼女の問いかけに応えることになる。
「その作品を作ったのは、私だ」
三十番目の妃は固まった。
「へ、陛下……い、今、何と……?」
「成り行きでその者たちに弟子入りすることになって、技術を物にしたから、とりあえず試しに作ってみた」
それだけだと、彼は言うのだった。
そう、エルクウェッドはループに巻き込まれた時、なんやかんやあった末、成り行きで芸術家に弟子入りするという機会が何度かあったのだった。
しかも、後でその者たちが、割と著名な芸術家たちであったことが判明する。
彼としては「うーん、せっかく師匠になった人たちから作品もらったけど、自室に飾るスペース無いな。あっ、そうだ、後宮にでも置いてもらうか」というような、割と軽い気持ちで設置していたのだが……気がついたら、後宮が世界でも有数の凄腕芸術家たちの展示会場と化してしまっていたのだった。
しかも、彼は「うーん、趣味の一環で、一応一通りの芸術作品を作成してみたけど、やっぱり自室に置くスペースないな。これも後宮に飾ってもらおう」と、自身の師たちの肩書きが判明する前に、自分の作品を後宮に設置してしまっていたのである。
……そして、今日までそのままになっていた。
理由としては、もちろん、「えぇ……そんな有名な人たちの隣に自分の作品置くのはちょっと……」と流石に一度は気後れした彼だったのだが、後で数多くの侍女や女性兵士たちに「素晴らしい作品ですよ陛下! このままにしましょう! このままで!!」と手放しに賞賛されて、自分の作品を動かすことが出来なかったのだ。
よって、最終的に彼は、「どうだ、私の作品は凄いだろう!?」と開き直ることになるのだった。
そして今回も彼は開き直って真顔で「自分が作った」と、三十番目の妃に告げたのである。
それを聞いた彼女は、目を輝かせながらも、「で、では、その、皇帝陛下……ぜひともお願いがあるのですがよろしいでしょうか……?」と恐る恐ると言った様子で彼に尋ねてくる。
「何だ?」
「各作品の解説をお聞かせ願いたいのです、どうか何卒……!」
彼女は、真剣な様子でそうエルクウェッドに頼み込んでくるのであった。
どうやら、彼女は現在妃として自己アピールを行うよりも、作品鑑賞を優先するらしい。
筋金入りであった。
エルクウェッドは「あれ? おかしいな……。確かに顔見せの時は、他の妃たちと変わらない様子だったはずなんだが……あれ?」と思いながら、「まあ、良かろう」と返事を返す。
「本当にでございますか!? ありがとうございます陛下! 本当にありがとうございます!!」
そのように、今にも飛び跳ねそうな勢いで三十番目の妃は礼を述べるのだった。
そして、その後、二人は芸術作品の鑑賞のため、部屋を出る。
──この場所からだと、確か、自分の作った壺が一番近いはず。
そう思い、エルクウェッドは壺が展示している場所に三十番目の妃と共に向かうのだった。
二人は、後宮内の廊下を歩く。
その途中──
『きゃああああああ!!』
突如、甲高い悲鳴がやや遠くから響いたのだった。
声の数は、四人ほど。
距離は、おそらく聞こえた声の大きさや反響から推測するに、自分の壺が飾ってある付近だ。
一体、何があったというのか。
「陛下、今の悲鳴は……?」
「――悪いが、作品解説はまたの機会にする。貴様は一旦、部屋に戻れ」
「え、あっ、陛下!?」
彼は三十番目の妃にそう告げた後、すぐさま近くにいた女性兵士に「ついてこい!」と命令して、全力で廊下の床を蹴るのであった。
そして、
「……何だこれは。一体、何が起きた……?」
そこには、一つの惨状が広がっていた。
――顔面蒼白のまま呆然と立ち尽くしている四人の妃たち。
――床で無惨にもパリンしている自分が作った壺。
そして、
「陛下、あれはもしや妃のソーニャ様ではありませんか……?」
同伴した女性兵士が、そう呟く。
現在、妃である一人の少女が床に倒れていた。
エルクウェッドの位置からでは、倒れている彼女の背中しか見えない。
しかし、その髪に刺した簪から、彼女が五十番目の妃だということが判別出来る。
彼女は、何一つ身動ぎしなかった。
彼女の首元辺りが赤色に染まっていた。
そして、その赤色が床に敷かれた絨毯の上を、少しずつ模様のように広がっていく。
エルクウェッドは、混乱する頭で、それを認識する。
そして、その数瞬後、
――彼の時間は突如、前日へと巻き戻ることになるのであった――