『皇帝』視点 23
「……これで、二十五人目……」
妃と別れた後、彼は自室に戻ると、そう弱々しい声音で呟くことになる。
今現在彼の身体には、多大な疲労が蓄積されていた。
そのため、そのまま、ベッドに倒れ込むことになる。
実は、その原因は二十五番目の妃にあった。
二十五番目の妃は、リィーリム皇国の辺境の地で育ったらしく、貴族令嬢でありながら、なかなかの野性味がある少女だった。
具体的に言うと、「鬼ごっこが得意」だということで、一日延々とエルクウェッドは鬼をやらされたのだ。
後宮の広大な敷地を用いて行われたのは、『何でも有り』のルールの鬼ごっこ。
加えて相手は、実家にいた際、草原やら山林を毎日のように駆け回っていたらしく、エルクウェッドも驚愕するほどの無尽蔵とも呼べるスタミナを有していたのだ。
しかしそれでもエルクウェッドとしては、過去に成り行きで熟達の狩人に弟子入りして、獣の追跡術を習得していたため、当初はすぐに捕まえられるだろう、と、そう考えていたのだが──予想外なことに、相手もまた生粋のかくれんぼガチ勢であった。彼女は、逃走術を極めていたのだ。
ゆえに、エルクウェッドは、珍しく苦戦することになる。
相手は、常に逃げる際につく痕跡をすべて抹消していた。
終始その姿さえ見えない状況であったのだ。
後宮中を駆け回りながら彼は、内心舌打ちする。
──まるで獣が人の知能を持ったようだ。厄介な。
そのため彼は、二十五番目の妃を確実に捕らえるため、今まで習得したありとあらゆる技術を駆使することに決めたのだった。
侍女たちの情報網の活用や、捕獲用及び誘導用の罠の作成、化粧による変装術やパルクールを用いての地形を無視した立体的な高速移動の使用といった様々な手段を講じて、最終的に彼女を捕らえることに成功する。
捕らえた後の彼女は、最初会った時と変わらず元気もりもり絶対遊ぶウーマンな状態だった。
なので、思わず「なあ、正直に言って貴様には妃ではなく、是非我が国の兵士になってもらいたい。絶対、将軍も気に入ると思う」と彼は声をかけてしまうのであった。
「──しかし、また違ったな」
彼は、疲労困憊のまま、思考を続ける。
二十五番目の妃は、十六歳であった。
だが、結局彼女は、エルクウェッドが探し求める相手ではなかった。
彼女の有する『祝福』と『呪い』は、時を巻き戻すような能力ではなかったのだ。
彼女の周囲にいた関係者もまた違った。
そのため、二十五番目の妃は、以前にエルクウェッドが推測した『皇帝に選ばれて欲しい妃』でもないということになる。
なので、彼は「今回も駄目だったか……」と、肩を落としながらとぼとぼ自室に戻ることになったのだった。
「――もう、半分か。どうにかして早めに見つけたいものだが……」
彼はそう考える。
残り二十五名の妃及びその関係者の中に、果たして件の人物はいるのだろうか。
いや、いてもらわなければエルクウェッド自身としては困るのだ。
もしも自分の身の回りに、時を巻き戻す『祝福』の持ち主がいなかった場合、自分は──
そう思い浮かべた瞬間、すぐさま頭を振って、その考えを彼は振り払う。
とにかく、先のことを考えてはいけない。
それは、後でも出来る。
今は、今のことを考えねばなるまい。
彼は、そう思考を切り替えた後、少しばかりして独りで小さく笑みをこぼすことになる。
――自分は、今生涯の伴侶を探さなければならないのに。気がついたら、全く違う相手を探し求めているではないか。
と。
エルクウェッドは今、自身の生涯の障害となっている者を必死に探しているのが現状であった。
「……もういっそ、両方の相手が同じ相手だったら、楽で良かっただろうな」
まあ、そうなることは多分ないだろう、それに流石に感情的に難しいものがある、と彼は思いながら、いつものように自室の壁にかけられた暦を見る。
──すると、またいつものように時が巻き戻っていた。
「ははははは、此奴め~」
彼は、今回趣向を変えたのか、「貴様も仕方のない無い奴だな~、でも絶対に許さんぞォ〜? はははははははははははははは〜」と、にこやかにブチ切れたのだった。
ちなみに、この後十回以上、彼は二十五番目の妃と全力で鬼ごっこを行う羽目になり、毎度満身創痍になりながら、自室にて妃の選出を行った宰相を恨むことになる。
彼は、しばらく考えた後、今度こそ宰相をハゲさせるため、今後一卵性の双子ないし、三つ子を侍女として積極的に採用するよう人事を担当する役人に命令を下すことに決めたのだった。




