『皇帝』視点 21
エルクウェッドは、今までに数えきれないほどのループに巻き込まれきた。
それでも、彼が正気を保っていられたのは、怒りという名の感情があったからだ。
彼の強靭なメンタルは言わば、ブチ切れの賜物であった。
しかし、そこには一つ大きな問題がある。
怒るという行為は、割と疲れるのである。
そう、精神的にも、肉体的にも。
ここ最近、彼は毎日ブチ切れていた。
ゆえに、激しく消耗していくことになるのであった──
♢♢♢
向かい合って席に着くエルクウェッドの顔を見て、「──陛下は、まるで雲のような御方でございますね」と、十五番目の妃はぽつりと言った。
「雲? それは、どういう意味だ?」
「言葉通りの意味でございます」
彼女は、人を観察することが得意であると、先ほど語っていた。
ゆえに彼女はエルクウェッドを見て、そう称したのだ。
「陛下は、常に先を見据えて、行動していらっしゃると思います。──おそらく他の誰よりも、『先』を視る力に長けている。だからこそ、道を誤ることは決して無いのでございましょう。しかし、私には──」
十五番目の妃は、どこか寂しそうに微笑む。
「他人と比べて『今』を視る力が弱いように感じられるのです」
だから、「雲のような人」であると思ったのだと、彼女はそう告げるのであった。
「『先』がお視えになる陛下にとって、私たちはすでに『過去』となってしまっているのでございます。ゆえに、どれだけ手を伸ばそうとも、私たちは陛下に触れることが叶いません。私たちにとって、陛下は──遠い空に浮く、雲なのでございます」
その言葉を聞いて、エルクウェッドは「なるほど」と、口を開いた。
「言いたいことが分かった。つまり現在の私は、先のことばかり考えて、今という時間を蔑ろにしているということか」
「はい。大変失礼な物言いになってしまい申し訳ありませんが、私にはそのように見えております」
エルクウェッドは、ぽつりと「確かに、そうかもしれないな」と呟く。
「だが、思いのほか難しいものだ。今までの自分の在り方を変えるというのは」
「いいえ、案外そこまで難しいものではございませんよ。ただ、今という時間を楽しめばいいのです」
「今を楽しむか……」
彼は、唸る。
それを見て、「では」と十五番目の妃は声を上げた。
「陛下にもご趣味というものがありましょう。いつもお時間が空いた際、どのようなことをなさっておいでなのですか?」
「そうだな……」
彼は、言った。
「割と読書はする」
「そうなのですね。他には?」
「他は──」
次に彼は、淀みなく言うのであった。
「料理をする。ダンスもする。それ以外には、まあ創作活動も行っているな。木造彫刻や石造彫刻。あと、絵も描く。他には、書道もするし、楽器の演奏に加えて作詞作曲とかも行っている。それに乗馬や剣や弓矢の鍛錬も趣味といえば趣味だな。それと、菓子作りや、刺繍、ボードゲーム、他には──」
彼はそのまましばらく羅列するように言葉を続けるのであった。
対して、十五番目の妃は、「……え?」と固まる。
予想外なほどに、エルクウェッドの趣味が多彩であったからだ。
文字通り、彼は趣味として「何でも」行っていた。
世間一般において、趣味と呼べる代物を尽く網羅していたのだった。
皇帝となった彼は常に多忙だ。なのに一体、どこにそれほどの趣味を行える時間があるというのか。
驚愕する彼女を他所に、エルクウェッドはさらに言葉を続けた。
「実をいうと今は、一人オーケストラというものに挑戦している。演奏に必要な楽器を自分一人ですべて演奏するというものだ」
彼は、「もちろん、指揮も自分で行う」と告げた。
彼の最近の流行りは、自分の周りに大量の楽器を並べて、それを楽譜に沿って順々に演奏していくというもはや大道芸染みた行為であった。
「コツは他の楽器の演奏の番になったら、素早く、しかし息を切らさずに移動することだな。息を切らしてしまうと、どんな楽器も手元が狂ってまともに演奏が出来ん。とにかく、常に体力を無闇に減らさないように管理していくのが実に難しいと感じている」
エルクウェッドは、淡々と語るのであった。
そして、そんな彼を見て、
──いや、もう、この人、すでにめちゃくちゃ今をエンジョイしてるじゃん……。エンジョイのガチ勢じゃん……。
そんな風な顔を十五番目の妃はすることになるのであった。
なぜ、エルクウェッドがここまで多趣味になったかというと、ループに巻き込まれた際に図らずも習得してしまった技術の数々をそのまま腐らせるのは勿体無いと思い、いっそ趣味にしてしまおうと考えたからである。
ついでに言うと最初、彼はループに巻き込まれた際にブチ切れながら、様々なダンスを行っていた。
しかし、後から、多種多様なブチ切れ方を身に着けてしまい、ダンス以外のこともするようになったのだった。
よってその多様な趣味は、その延長と言えなくもない。
悲しいことに、エルクウェッドの消費できる時間は他者よりも格段に多い。
他人の一日は二十四時間だが、彼の一日は時に四十八時間以上に膨れ上がるのだから、趣味とはいえ、その技術は大きく向上することになってしまう。
費やす時間が多ければ多いほど、人はより成長するのである。
何事にも本職顔負けの技術力を常に有していられたのは、そのような理由からであった。
このように彼は、怒りの感情を抱く以外にも、きちんと精神衛生を正常に保つ術を有していた。
が、それでも現在起きている毎日のループは、確実にメンタルを侵食してくる。
ゆえに、
「なあ、私が言った以外で、何か他に趣味は思いつかないか? 正直何でもいい。もう、思いつく限りのことをしてしまった」
そう、彼女に真摯な表情で問いかけたのだった。
彼は、さらに自分の趣味を増やすことで毎日ループによるメンタル崩壊に対抗しようと考えたのである。
そうすることで、心も体も今よりリフレッシュ出来るはずだと。
エルクウェッド自身としては、現状死活問題であったため、至極真面目な問いかけであった。
しかし、十五番目の妃はそのことを知る由もない。
──えぇ……。まだ増やすの……? 怖すぎる……。
もはや趣味に生きるとかそういった次元ではない。仙人の域に到達している。
彼女は、そのように化け物を見るような視線を向けて、ただただドン引きしたのであった。




